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春の嵐の中、体を震わせながら泣いていた桜の木

投稿:2011年9月 6日

mukoushi-tosyokan.jpg桜の花を美しいなあとしんから感じるようになったのは40歳を過ぎてからだ。
咲いているのを見ればきれいだとは思う。でもそれだけだった。
どうしてみなが「桜、桜」と騒ぐのかよく分からなかった。

近所の図書館の入り口近くに1本の桜がある。いわれも特に聞いたことがない。どうということはないソメイヨシノである。
図書館内のメインの書棚群で本を探していてふと横を見たら、その季節には咲きほこる桜の花が壁一面の大きなガラス窓いっぱいに見られる眺めになる。

4月初旬の午後、それまでの晴天がにわかにかき曇り突風のような風が吹き出した。夏の夕立のような激しい雨が今にも降り出しそうだ。
急激に暗くなった図書館内の書棚の前から窓に目を向けたら、空が緑がかった灰色、濁ったような暗い色合いになっていて、その空を背に吹きまくる大風にさらされて桜が1本立っていた。
そこから桜の根元は見えないのだが、細い枝を幾本も伸ばしているおおもとの太い枝までもがゆれている。先の方の細い枝々は、花のついた枝ごと今にもちぎれて飛んでいきそうな勢いで激しくゆれている。
おどろしいような灰緑色の空と激しく揺れながら耐え続ける桜という構図に、しばらくそのまま動けなくなり見入った。
有名な「花に嵐のたとえもあるさ・・・」の一文が頭に浮かんだ。心躍る景色では決してなかった。荒涼、無情とでも言い表わしたらよいのか、という心境になった。
しかし鮮烈な光景だった。心に突き刺さるように深く入り込み、残った。

その時自分自身が悩みを抱えていて、人前であろうと大声を出して頭の中身までかきむしるように暴れでもしなければ、おかしくなってしまうようなそういう精神状態だったということも、あの景色が心に深く入り込んでしまったことに関係しているのかもしれない。

後日改めてその桜に近寄り見てみると、かなり古い大きな桜で、根元から4、5本に分かれた幹がそれぞれ太く大きく伸びていて、その1本1本が、通常の桜1本の幹回りぐらいの太さがあった。この大きな枝がゆれていたのか。私にそう見えただけだったのか。
しかしあの時は確かに体全体を激しくゆらせて桜が泣いていた。泣いていると私は感じたのだった。

それから「桜」というものに目をとめるようになった。美しいなあと感じるようになってきた。

年に1度の花の時期、みなにきれいだと褒めそやされてながめられ、穏やかな陽光の下でただお気楽にのほほんと咲いているわけではない。
折悪しく灰色の嵐に遭うこともある。

今さら言うまでもないことだが、桜にも心がある。
いつも黙って耐えているだけではない。
どうしてもこらえきれずに泣くこともあるのだ。

どんな思いをしても時は進んで四季はめぐる。
花が散って、夏が来、秋、冬、そして春。
四季の荒波に激しくもまれて、苦しかったこと悲しかったこと辛かったこと、
万感の思いを飲みこんで水に流して、毎年、何事も無かったかのようにすずやかに花を咲かせる。

私は京都に生まれて育ち、そのまま今も京都に住んでいる。
数え切れないほどの桜の名所に気軽に出かけられる立場にいながら、40年以上きれいだの好きだのと言う以前に桜に興味すら持たなかった。
以前、他府県在住の知人から「なんと、もったいないことを!」と叫ぶように嘆かれたものだ。

それまでは桜を見ていながら桜を見ていなかったのだと思う。桜を見る人間としての力というものを持っていなかったのかもしれない。
いにしえの昔に和歌に詠んだ人たちはみな当たり前のように持っていたものを、私は40歳を超えるまで全く持っていなかったのだ。お恥ずかしい限りである。

桜に限ったことではない。その他の様々な花々、秋の紅葉。
燃えるような紅葉を見て、心を深くゆさぶられるような思いがわいたり、あるいは心穏やかに救われたり・・・。

その人の心に響く花や木が、人それぞれきっとどこかにあると思う。
それは何も名の通った名所の花や木に限らない。いつもの通勤時に駅に向かう道沿いに立っている木で、今まで特に気に留めなかっただけかもしれない。
天の配剤、めぐりあわせのように、心に深く突き刺さるような景色を、自然は思いがけない時に私たちの目の前に置いて出会わせてくれることがあるのだ。

夏が終わり秋が深まっていくこれから、京都の魅力が満喫できる季節である。
出かけてみれば、目にも心にも二度と忘れられないような景色にめぐりあえるかもしれない。今のあなただからこそ見える景色、あなたにしか見えない景色がきっとある。

自分にとってのこの花、この1本の木、この景色を見つけに会いに出かけよう。
 



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