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※この記事は掲載時(2014年6月)の情報に基づきます。

特集記事

京都MUSEUM紀行。第十九回【清水三年坂美術館】

京都ミュージアム紀行 Vol.19 清水三年坂美術館

清水寺へと続く三年坂(産寧坂)。その途中に美術館があることをご存知でしょうか。いつも多くの人でにぎわう細い坂道をお寺へ向かって歩いていくと、美術館の名前が書かれた看板が顔を見せます。これが、今回ご紹介する「清水三年坂美術館」です。

幕末・明治の工芸専門美術館

清水三年坂美術館は、蒔絵や彫漆などの漆工芸品や、陶磁器、七宝焼、刀の鍔(つば)などの金工品、象牙や木の彫刻作品など、日本の工芸品を中心に展示している私立美術館です。その最大の特徴は、近代、特に幕末から明治時代にかけて活躍した職人・作家による作品が常設展示されているところ。全国的に見ても、その時代の工芸品を中心に扱っている施設はほとんどありません。

展示品はすべて、美術館の設立者で初代館長である村田理如さんによるコレクションです。村田さんが工芸品の収集を始めたのは、約30年ほど前。仕事で訪れたアメリカ・ニューヨークで見つけた明治時代の印籠が最初だったそうです。それから収集を行っていくうち、村田さんは幕末・明治時代の美術品は多くが海外に流出しており、日本では優れた作品はあまり残っていない、展示されているところもほとんどない現状を知ったそうです。そこで、当時の名品を一般の人が見ることのできる場所をと考えたのが、美術館設立のきっかけとなりました。現在も、村田さんは少しずつ作品を海外から買い戻すなどして 収集を続けているそうで、現在では美術館に所蔵されているコレクションは1万点を超えています。

伝統と革新の融合。最も優れた職人たちが生んだ、超絶技巧の作品たち

展示室の内容

清水三年坂美術館展示室は、常設展示室と企画展示室の2つで構成されています。

一階の常設展示室では、常に蒔絵・金工・陶磁器(京薩摩)・七宝・彫刻と、ジャンルごとにコーナーを分けて展示が行われています。展示されている作品約70点ほど、それがだいたい一年間で全て変わるように、少しずつ入れ替えを行っているそうです。

また、常設展では作品展示だけでなく、その工芸品を作る技術や工程についてもわかりやすく紹介されています。蒔絵ができあがるまでの流れを各工程のサンプルで具体的に解説されていたり、制作に使われる道具を見ることができたり、実際の制作風景を映像で見ることもできます。なかなか覗く機会の少ない職人技の世界に気軽に触れられるスペースとなっています。


金工の技法(彫り、メッキ、象嵌)についての解説コーナー。技法によってまったく印象が変わる様子がわかります。


蒔絵の技法(平蒔絵、高蒔絵など)についての解説コーナー。各技法の工程を順序ごとに比較して見ることができます。

二階にある企画展示室では、3ヶ月に1回のペースで、毎回テーマ企画展が開催されています。
テーマはさまざまで、一人の職人にスポットをあてたものや、「印籠」「鍔(つば)」など同じジャンルの作品をずらりと並べたものなど、さまざまな切り口からコレクションを紹介しています。(取材時は「蒔絵の文台・硯・料紙箱」を開催中でした)

展示品について

明治の美術工芸品は、江戸時代までに発展してきた伝統の表現技術や優れた職人の技に、海外の新たな技法や文化が取り入れられて生まれもの。日本の美術史上を見ても、最も優れた作り手の多かった時代であるといいます。実際、清水三年坂美術館が所蔵しているほとんどの作品は、今の技術では再現不可能なものばかりだそうです。
「当時の職人たちは、家内工業が中心ですから、物心ついた頃から作品を作る道具をおもちゃ代わりにして触っていた人もいますし、10歳そこそこから徒弟制度の中で徹底して技の基本を学んだ人たちがほとんどです。早くから修行をし始めていますので、まだ若者といえる20,30代でも既にベテランの域まで技術を高めていることもあります。」と、案内をしてくださった広報担当の朝山さんは仰っていました。


正阿弥勝義「群鶏図香炉」。表面に象嵌で描かれた鶏たちはまるで絵画のような繊細さで、金属を刻んで描いたとは思えないほど。高肉彫りという技法で花を全面にあしらった火屋、つまみには今にも動き出しそうな蟷螂と、どこを見てもまさに超絶技巧の逸品です。正阿弥勝義はもともと刀装具を手がけていた職人で、そこで培われた業が遺憾なく発揮されています。

幼い頃から徹底的に技の基礎を学び、師匠などの残した優れた作品に触れ、常に妥協なく日々作品を作り続けていた、その環境が職人たちを育てたのです。
現在では同様の環境で職人が学ぶことは難しい状況です。その分、美術館に優れた作品を求めて学びにくる現役の職人さんも多いのだそうです。

コレクションの中心となっているのは、「帝室技芸員」と呼ばれる作家・職人たちの作品です。帝室技芸員とは、今で言う「人間国宝」のような存在で、皇室から作品の制作を奨励されていた、いわば「お墨付き」をもらっていた日本最高峰の作り手を指します。彼らの作品は皇室の備品はもちろん、国賓や国の発展に貢献された方々への皇室からの贈り物(下賜品)にもされていました。
しかしその一方で、「無銘」とされている作品も展示されています。「無銘」とは作品に作家名がないこと。すなわち、具体的に誰の作品であるのかがわからないもののことです。これはどういうことなのでしょうか。まず、天皇陛下へ献上するために作られたものには基本的に銘は入れられていません。江戸時代では大名や将軍への献上品も同様です。また、わざわざ自分の名前を入れない職人もたくさんいました。さらに、海外輸出向けに作られていた工芸品は、会社が注文や発送などを請け負っており、会社企画で作られたものには無銘のものや会社名のみを入れることが多かったのだそうです。また、複数人が分担して制作をしている工房作品の場合も、個人名を入れていないことが多いといいます。

「日本の工芸界にはもともと、あまり職人が自分が作ったことを露骨に主張する文化はなかったことも理由のひとつです。見る人が見れば、作品の仕上がり一つで誰が作ったのかわかる。それでよかったわけです。」と、朝山さんはお話してくださいました。

作り手の名前が刻まれていなくとも、その作品の素晴らしさや作り手の個性は、作品そのものが如実に語っているのです。展示品ひとつひとつをじっくりと眺めて、それを味わってみたいものです。


日本の名所をあしらったデザインは、海外では特に人気だったため、明治時代には頻繁に用いられたそうです。


展示品によってはルーペや鏡も備え付けられており、細部や背面までじっくり楽しめるように工夫されています。ルーペを通さないとわからないほどの細かい表現もあり、それが人の手で生み出されたことに驚かされます。

蒔絵

蒔絵は、日本独自に開発・発展した漆芸の技法。基本的な技は平安時代には完成しており、桃山・江戸時代にも数多くの蒔絵作品が作られていますが、技術・芸術表現の面では幕末・明治期に頂点を極めました。柴田是真や川之辺一朝、白山松哉といった名工が現在でも知られています。絵画のような繊細な描写、金銀を多用しながら、華やかさと落ち着きをあわせ持つその表現は日本の他にはないもので、昔から西欧の人々にも珍重されてきました。特に印籠など小型の蒔絵作品は海外にコレクターが多いのだそうです。


文台と硯箱のセット。印籠などと異なり面が広いため、それを生かした大胆な図柄や、絵画風のデザインが見られます。彫刻のような立体感に、絵画のような柔らかな描写が融合した逸品。筆の一本一本にまで、全面に細かな金が蒔かれています。金色なのに決してぎらついた感じがしないところも、日本の蒔絵ならではの美しさを感じさせます。

七宝

七宝焼は特に幕末以降に盛んになりました。京都では明治初めに伝わり、特に並河靖之が中心となって七宝を芸術の粋にまで高めました。並河作品は他の美術館でも見ることができますが、清水三年坂美術館の所蔵する並河作品は、小品ながらそこにびっしりと模様を施した緻密な作品が多いのが特徴です。これらは主に中期~後期にかけての並河最盛期の作品だそう。小さな面に精魂を注ぎ込むようなその表現には、思わずため息が漏れます。


並河靖之の作品。並河靖之は有線七宝(細い線状に金属を貼り付け文様の輪郭とする技法)の第一人者として京都で活躍しました。この作品は手に乗るほどの大きさですが、蝶の羽の筋や花びらの一枚一枚まで手を抜かないその手仕事は圧巻です。


こちらはふちの線がない無線七宝の作品。並河がこだわった有線七宝とはまた違った、優美で柔らかな絵画的質感が魅力です。

金工

明治の金工作品は、廃刀令などの影響で需要を失った、刀装具や甲冑を手がけていた職人たちによって生まれたものです。刀装具を手がけてきたなかで培われた、複雑で高度な彫り、象嵌、色上げ(色彩を施す技法)などが見事に融合した、ユニークな作品が多数見られます。なかでも面白いものが、「自在置物」と呼ばれる作品。魚や蟹などの姿をリアルに写し取った鉄や銀製の置物で、関節などが本物と全く同じように動きます。また、魚のうろこの数などは本物と同じなのだとか。主に職人の自己アピールのために作られたそうですが、その恐ろしいほどの技術の高さには驚かされます。


高瀬好山「鯉」。明治~大正時代の作られた自在置物で、その姿は水中の鯉そのもの。鱗の数は本物の鯉と同じで、中には背骨もあり、本物そっくりの動きを再現します。高瀬好山は石川県出身で京都を拠点に活動した職人で、自在置物の代表的な作り手でした。

京薩摩

幕末から明治にかけて、海外で人気を集めた工芸品のひとつが「薩摩焼」。その薩摩焼のデザインを京焼に取り入れて作られたのが京薩摩です。京都の粟田口周辺で制作され、繊細緻密な薩摩焼の絵付に京都ならではの洗練されたセンスが加わり、大変人気を博しました。しかし、京薩摩は主に海外への輸出目的に作られていたために、第一次世界対戦が勃発して需要が激減すると、作られなくなってしまいました。結局、輸出が中心だったこともあり、日本にはほとんど残っていないそうです。清水三年坂美術館はそれを常設している貴重な存在です。


一見焼き物とは思えないほど、隙間なく緻密に文様を描いた京薩摩。装飾は着物の帯を思わせます。丸枠の中に日本の子供たちの遊ぶ様子などが描かれていますが、日本の風俗に関するデザインも海外では人気を博していたそうです。

彫刻

「彫刻」は、最近新たに常設展に加わったジャンル。現在は安藤緑山の牙彫(象牙)作品を中心に、高村光雲などの木彫作品も展示されています。光雲も含め元々仏師だった人が多く、彼らは廃仏毀釈のために職を失い、美術彫刻を手がけるようになりました。展示品には、国内外の博覧会へ出品するためや輸出向けに作った作品、また当時海外で人気が高かった写実的な牙彫作品などがあります。牙彫に丁寧に色を施した安藤緑山の野菜や果物は、本物と見分けがつかないほどです。


牙彫は西洋美術の影響で、作家たちはよりリアルさを求めて腕を磨き、心血を注ぎました。人間の表情から服のしわや質感にいたるまで、見事に彫り分けられています。


安藤緑山の「松竹梅」。牙彫は白さを生かすことが多かったなか、彼はあえて丁寧に色付けすることでよりリアルさを追求しました。梅のつるんとした感じ、竹の子の皮の筋まで見事に表現されています。作者の安藤緑山は弟子もなく記録も残っていないため、その技法は謎に包まれています。

この他にも、根付や刺繍で描かれた絵画などの染織品もコレクションには含まれています。

こだわり満載、工芸品ショップ

美術館1階の入口付近には、開館当初からこだわりの品々を販売するショップが併設されています。ミュージアムグッズはもちろんですが、現在現役で活躍している工芸作家・職人の作品や、近年その繊細な手仕事で世界的に注目を集めた伊勢型紙なども取り扱われています。手先の器用さ・精密さ・丁寧な仕事が現在も高く評価されている日本の工芸品を、実際にお手にとってみてはいかがでしょうか。
また、日本の工芸の技術的なルーツがあるといえる中央アジアの金銀細工や織物「キリム」などの工芸品もあわせて紹介するコーナーも設けられています。

作り手の思いやものが生まれる背景を伝える展示を目指して

美術館ができた当時、幕末・明治の工芸品は、欧米の高い評価に比べまだ日本ではそこまで注目されていなかったのだそうです。明治時代はまだ割と最近のことと捉えられていたり、そもそも輸出向けに作られたものは装飾的過ぎて、日本人の好みとは異なっているという意識が根強かったのかもしれません。

しかし、明治時代から100年以上が経過したこともあってか、近年ではTVなどで明治時代や当時の品が取り上げられる機会が増え、知名度も上がってきたといいます。その影響もあり、来館される方も年々増加傾向にあるほか、他館での展示のために作品を貸出す機会も増えてきたそうです。

やっと、日本国内でも改めて評価されるようになってきた日本の工芸品。しかし、それを取り巻く環境は厳しいものがあります。現在の日本人の生活には、外国製品や使い捨ての便利なものが溢れ、かつての日本の工芸品、中でも細密華麗な装飾を施したような品を必要とはしていません。そのため、そういった作品を生み出す職人はもちろんですが、作品を作るのに欠かせない、道具や素材を生み出す人も年々減り続けている現状があるのです。

「良い作品が生み出されるには、優れた感性とそれを実現する高度な技術をもった職人はもちろん、筆や鏨(たがね)といった道具の作り手や、加工に適した漆や金属などの素材の確保が不可欠です。ひとつの作品が作り出されるには、さまざまな人とものとの関わりがあります。作品のモチーフの面白さや技術を見てもらうだけでなく、背景にある時代や環境についても、知ってもらえるような工夫をもっとしていきたいですね」と朝山さんは仰っていました。

「ここに展示されている作品を作った人は、もうこの世にはいらっしゃいません。ですが、幸いなことに今もこうして残っている作品は私たちも目にすることができます。作品から、作り手の思いや心意気なども感じ取っていただければと考えています。幕末から明治時代は社会が大きく変化した激動の時代。そんな時代に命がけで作られたような作品からは、今を生きる私たちにも何かしら伝わるものがあるはずです」

脈々と続いてきた日本の工芸品。そこに秘められた歴史や過去の職人の思いを、作品を通して未来の世代へと伝えていく場所。それが清水三年坂美術館の役割なのです。

年々増え続けているコレクションには、まだ日の目を見ていないもの、展示の機会に恵まれていないものも、かなりの数があるのだそうです。これからどのような作品たちが登場するか、どのような日本の優れた技に出会えるのか、今後の企画にもますます注目したいところです。

(取材は、広報ご担当の朝山衣恵さんにご協力を頂きました。この場を借りて御礼を申し上げます。)

清水三年坂美術館

所在地

〒605-0862
京都市東山区清水寺門前産寧坂北入清水三丁目337-1

開館時間

10:00~17:00(入館は16:30まで)

休館日

月・火曜日(祝日の場合は開館)
臨時休館有り

お問い合わせ

電話番号:075-532-4270

FAX:075-532-4271

公式サイト

http://www.sannenzaka-museum.co.jp/

■料金

一般:800円、大・高・中学生:500円

■交通のご案内

京都市バス
* 206、100系統で「清水道」下車、徒歩7分

※ 駐車場無し
※三年坂は土日祝日は10:00~17:00車両通行禁止




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