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【レポート】セカイノコトワリ―私たちの時代の美術(京都国立近代美術館)

2026/01/08

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セカイノコトワリ―私たちの時代の美術(京都国立近代美術館)展示風景
毛利悠子《パレード》2011-17年 作家蔵

京都国立近代美術館では、2025年度を締めくくる展示として、1990年代から現在までの現代美術に焦点を当てた展覧会「セカイノコトワリ―私たちの時代の美術」が、12月20日より開催されています。

本記事では、内覧会の様子を交えながら、展覧会の構成と見どころを紹介します。

※本記事は12/19開催の内覧会での取材内容に基づきます。
※本展は写真撮影可です(動画は不可)

同時代を生きる人々の眼差しと記憶を辿る、現代美術展。

京都国立近代美術館は、近代の日本画や工芸のコレクションで知られますが、特に1989年以降からは同時代に制作された美術品の収集にも積極的に取り組んできました。本展はその一つの成果発表展となっています。

展示作品は、京都国立近代美術館所蔵の約40点に、他館の所蔵作品や作家蔵を加えた約70点というボリューム。今回は京都での現代美術展という文脈を踏まえ、関西のアートシーンで活動する20名のアーティストの作品が選出されています。
90年代から国際的に活躍する実力派から、近年注目される気鋭の若手まで、世代が幅広いところもポイントです。

なお、展示は1990年以降の約30年間をたどる構成ですが、美術史を通史的に整理するものではありません。作品の内容から「日常」「アイデンティティ」「身体」「歴史」「グローバル化社会」といったキーワードを設定し、表現に関連性のある作品を並置することで、時代の輪郭を浮かび上がらせています。


1990年から2020年代にかけての約30年は、「失われた30年」とも呼ばれる時代です。戦争や災害、デジタル技術の進展、グローバル化による環境の変容。展示作品の多くにはこの間に起きた様々な出来事が反映されています。

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セカイノコトワリ―私たちの時代の美術(京都国立近代美術館)展示風景
藤本由紀夫《SUGAR Ⅰ》1995年 西宮市大谷記念美術館蔵

藤本由紀夫《SUGAR Ⅰ》は、1995年の阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件を踏まえて制作された作品です。横向きに設置されたガラス管の中には角砂糖が詰められ、回転によって少しずつ崩れていきます。突如として失われてしまう日常の脆さ、そして日常と非日常が地続きであることを静かに示しています。

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セカイノコトワリ―私たちの時代の美術(京都国立近代美術館)展示風景
青山悟《喜びとおそれのマスク(Kissing)》2020年 京都国立近代美術館蔵

記憶に新しいコロナ禍を受けて生まれた作品もあります。
青山悟《喜びとおそれのマスク(Kissing)》は、マスク同士を接触させることで口づけを交わす恋人たちを表現しています。感染対策としてマスクをつけ、接触を避けることが推奨された当時の状況と、それでも人の触れあいを求める人々の心情が「かたち」として留められているようです。


大型のインスタレーション作品が多く展示されている点も、本展の特徴です。インスタレーションは1990年代以降に主流となった表現手法ですが、展示環境に大きく左右されるため、初出時の状態を再現することが難しい場合も少なくありません。本展では、発表当時の姿をほぼそのまま再現した、貴重な作品が複数展示されています。

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セカイノコトワリ―私たちの時代の美術(京都国立近代美術館)展示風景
松井智惠《LABOUR-4》(右)、《LABOUR-5》(左)ともに1993年 国立国際美術館蔵

そのひとつが、松井智惠の《LABOUR》シリーズ(1993年)。
現代インスタレーション表現の先駆けとされる、歴史的にも重要な作品です。
「彼女は労働する=透明な箱階段」「彼女は説明する=並べられた本」といったように、壁面テキストとオブジェクトが呼応し、アーティスト自身の身体労働や苦痛といった経験を可視化しています。

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セカイノコトワリ―私たちの時代の美術(京都国立近代美術館)展示風景
石原友明《世界。》1996年 作家蔵

もうひとつの大型作品が、石原友明《世界。》(1996年)。
床一面に敷き詰められた真鍮板には、天井から吊るされたシャンデリアが映り込みます。鑑賞者は実際にその上に立つことができるのですが、その際、鑑賞者の姿も作品の一部として映り込みます。鑑賞者自身が他者の視線にさらされる存在となり、「見る/見られる」という関係性が反転する仕掛けです。

さらに、真鍮板には点字が刻まれています。視覚的に作品を捉えられる人には点字が読めず、点字を読める人には作品全体が見えない。「見える/見えない」による世界認識の差異を、構造的に提示しています。

※なお、会期中の2026年2月8日(日)には、見える人と見えない人が共に作品を鑑賞するワークショップが開催予定。あわせて本作の展示解説も行われるとのことです。

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セカイノコトワリ―私たちの時代の美術(京都国立近代美術館)展示風景
田中功起《一時的なスタディ:ワークショップ#1「1946年-52年占領期と1970年人間と物質」》1995年 作家蔵

本展にあわせて新たに発表された作品もあります。
田中功起の映像インスタレーション《一時的なスタディ:ワークショップ#1「1946年-52年占領期と1970年人間と物質」》は、「PARASOPHIA:京都国際現代芸術祭2015」のために制作された作品です。
京近美の向かいに位置する京都市美術館の歴史に着想を得た内容でした。

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セカイノコトワリ―私たちの時代の美術(京都国立近代美術館)展示風景
田中功起《一時的なスタディ:ワークショップ#1「1946年-52年占領期と1970年人間と物質」》2015年、
《10年間》2025年 ともに作家蔵

本展ではこの作品を再展示するとともに、当時ワークショップに参加した高校生たちに再集結してもらい、10年間を振り返るトークの様子を記録した新作《10年間》を発表。過去の作品に現在の視点を重ねることで、時間の連続性を可視化しています。

また田中は、《taggame》(2024年)を日時限定で講堂にて上演予定です。
コロナ禍をテーマとしたワークショップの記録映像で、参加者がマスクを着用し、触れられないように逃げるゲームを行いながら、それぞれの経験や記憶を語ります。
個人的な出来事が共有されることで、同時代を生きた人々の声として社会的な文脈へと接続されていきます。

※講堂でイベントが行われる日は上映されません。詳細は京都国立近代美術館の公式サイトをご確認ください。


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セカイノコトワリ―私たちの時代の美術(京都国立近代美術館)展示風景
原田裕規《シャドーイング》2023-2025 作家蔵、京都国立近代美術館蔵

「セカイノコトワリ」というタイトルについて、展覧会担当の牧口千夏さん(京都国立近代美術館 主任研究員)は、記者発表時に次のように語られていました。

「現代という困難な時代に、世界の意味や方向性といった原理的なもの――"真理"に、アートを通じて触れられるのではないか。不安定な社会の中で大切なことを考える際に、何かヒントを与えてくれる展覧会にしたいと思い、このタイトルを付けました」

1990年から現在までの約35年。世界情勢や社会構造は大きく揺れ動き、人々を取り巻く環境も変化し続けてきました。

今回展示された作品は、アーティストたちがその時々の心理や思考を作品として形にしたものです。そして、鑑賞者の多くもアーティストたちと同じ時代を一部でも経験してきた当事者。作品に込められたテーマから、何かしら自身の記憶や体験と重なり合うものが見つかるはずです。
そこから当時を振り返ることで気づく、変わったこと、そして変わらずあり続けること―それが「セカイノコトワリ」といえるのかもしれません。

言語化しきれない感情や思考に「かたち」という手がかりを与え、世界と向き合い、その理を知るための道しるべとなる。現代美術のそうした可能性を、改めて実感させてくれる展覧会です。

セカイノコトワリー私たちの時代の美術(京都国立近代美術館・2025/12/20-2026/3/8)

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