【レポート】モチーフの方程式(千總ギャラリー)

2025年に創業470年を迎えた千總。2025年秋には、所蔵コレクションを中心とした特別展「きもののヒミツ 友禅のうまれるところ」(京都国立近代美術館)も開催されました。
その「記念イヤー」の締めくくり、そしてこれからの橋渡しの意味を込めた展覧会「モチーフの方程式」が、千總本社併設の千總ギャラリーにて3月まで開催されています。
先日、こちらを取材させていただきましたので、展示の様子をご紹介します!
※写真は許可を得て撮影したものです(一般の方の撮影は不可)
今回の展覧会のコンセプトは、着物に描かれるさまざまなモチーフの組合せのセオリー=方程式を解き明かすこと。
「梅に鶯」「雪月花」など、着物に描かれるモチーフにはさまざまなお決まりの組合せがあります。
それらをモチーフごとに"分解"し、それぞれに込められた意味や成り立ちを探るという方針で、展覧会は構成されています。
2025年は特別展などを通じて「着物ならではの美しさ」を探ることをテーマの一つとして取り組まれていたそう。これを踏まえ、今回は着物の表現そのものに注目し、分解・再構築することで「着物の新しい美しさの模索」として次年度へとつなぐ、という思いがあったそうです。
似た者同士の「梅」と「鶯」

「モチーフの方程式」(千總ギャラリー)展示風景
展示は、壁面の展示ケースごとにモチーフを分けて紹介する形式になっています。
冒頭で注目されているのは「梅」。
ガラスケースには「梅×□」と方程式のような表記があります。
梅を軸に、さまざまな組合せによって生まれる表現や印象の変化を、作品を通じて探っていきます。

《小袖 松竹梅吉祥模様》 江戸時代中期
右側に柄を寄せて背面一杯に大きな柄を配置する構成は、当時の流行りの傾向だったそうです。
梅の組合せとしてはお正月や祝いの席に見られる「松竹梅」があります。
梅は他の花に先駆けて寒い時期から花を咲かせることから「百花の魁(さきがけ)」ともいわれ、寒さに負けない植物として忍耐や生命力、気高さの象徴とされました。
冬でも葉の緑を失わない松、しなやかで成長の早い竹も生命力の象徴とみられます。
「松竹梅」は似た意味合いの植物のモチーフを組み合わせることで、新しい年の始まりや門出の席に相応しいデザインとなっています。
また、梅は春の訪れを予感させる花として「春告草」という呼び名も持ちます。一方、よく梅と組み合わせられる鶯も、初春の頃から鳴き始めるため「春告鳥」と呼ばれます。「梅に鶯」も、同じ時期や意味を表す、似た者同士としての組合せといえます。

《型友禅染裂 鶯宿梅》明治~昭和時代
同じ型で色違いになっているのは、百貨店で見本として使う目的があったようです
また、「梅に鶯」モチーフの作品には、関連したエピソードも取り込んでデザインされたものもあります。「鶯宿梅」と呼ばれる故事にちなんだ裂地では、鶯を鳥の姿ではなく、漢字でデザインしている点が工夫されています。普遍的なモチーフでも、時代等によってアレンジがなされている例といえるでしょう。
「鶯宿梅」とは
平安中期・村上天皇の時代。
御所にあった梅が枯れてしまい、帝が代わりを探させたところ、紀内侍(『古今和歌集』の選者・紀貫之の娘)の邸宅にあった梅の木が見事であったため、これを御所に移植することになりました。
御所に移された梅の木。その枝には、紀内侍が和歌を書き付けた紙が結び付けられていました。『勅なればいともかしこし鶯の宿はと問はばいかが答へん(帝のご命令ですから、謹んで梅を献上いたします。しかし、毎年春にこの梅を訪れていた鶯に「私の宿はどこ」と問われたら、私はどう答えれば良いのでしょう)』
大切な梅を惜しむこの歌に感じ入った村上天皇は、梅の移植を取りやめ、紀内侍に返しました。
このことから、その梅は「鶯宿梅」と呼ばれるようになったそうです。(『大鏡』より)
「鶴」と祝いと永遠性
続いて取り上げられているのは「鶴」。
鶴は姿がすらりとして美しいこと、他の鳥に比べて長寿であることから、縁起の良い瑞鳥として古くから好まれれるモチーフです。そのため、鶴はお祝いの席向けの着物に多く登場します。
特に、鶴はつがいの相手を一生変えないことから夫婦和合の象徴ともされたので、婚礼の場面では定番の存在となっています。

《丸帯 雲波に鶴桃模様》大正~昭和時代
こちらは鶴・波・桃を組み合わせた柄の帯。こちらも祝いの席向けにあつらえられたものでしょうか。波は常に押し寄せるものということで、永遠性の象徴とされ、婚礼衣装ではよく鶴とセットにされるモチーフになっています。
一緒に描かれている桃は半島や大陸では長寿の象徴として好まれ、それが後に日本に伝わりました。
モチーフの意味がわかると、この柄には「鶴+波(夫婦の幸せがずっと続く)+桃(長生きしてほしい)」という意味が込められている、と読み解くことが出来ます。
相手はいろいろ、引き立て役の「月」

《月に布袋》原画:円山応挙 明治19年(1886)
「月」といえばまず思い浮かぶのは、雪月花(四季折々を代表する美しいもの)ですが、展覧会では《月と狸》(日本画では抒情的な雰囲気で好まれる組合せだそうです)、《月と布袋》(布袋様は弥勒菩薩の化身、月は天の弥勒浄土のイメージということで弥勒つながり)などを紹介。
月は何と組み合わせるかによって、さまざまに印象や意味が変わるようです。月は「相手を引き立てるモチーフ」ということでしょうか。

《舞妓に桜》《月に髑髏》原画:岸竹堂 明治23年(1890)
《舞妓に桜》《月に髑髏》という作品は、季節も時間もモチーフもすべてを対比させることで「美しいものもいつかは儚くなるもの」という意味合いを強調しています。
よく見ると月の周りには箔が施されおり、背景がキラキラと輝いています。また、髑髏は凸凹を刺繍の厚みで表現されているところも見どころ。染織品ならではの表現が楽しめます。これは写真では味わえないので、ぜひ会場で実物を鑑賞してみてください。
「たくさん」にも意味があります

《百福図》伝鈴木百年 制作年不詳
「方程式」というテーマからにちなみ、「数」に注目した展示もあります。
なかでもひときわユニークな作品が《百福図》です。
一般的に百福図とは「福」の字をたくさん描いて縁起を担いだ柄のことを呼びますが、今回展示されている作品は福=お多福の顔をたくさん描いたものになっています。
しかも、茶屋でお座敷遊びをしている登場人物(男女問わず)の顔が全てお多福になっているんです!
みんなニコニコで幸せ、という意味合いでしょうか。
普段はなんとなく、綺麗だな、素敵だな...で終わってしまいそうなモチーフやデザインですが、それぞれの意味や組合せの理由や成り立ちを知ると、そこにはさまざまなメッセージや世界観が込められていることが見えてきます。
視覚的な情報だけでなくその向こうがわまで見えてくる――きもののデザインの奥深さを感じられる展覧会でした。
開催は3/10まで。