【レポート】2025年度龍谷大学文学部博物館実習 十二月展「ちょっと一服、ええ遊び―江戸時代の京・大坂 娯楽案内」(龍谷ミュージアム)

龍谷大学「十二月展」は、龍谷大学文学部の博物館実習受講生たちが準備・企画・運営すべてを手掛ける年に一度の展覧会です。
博物館・美術館で働く学芸員の資格取得を目指す博物館実習自体は多くの大学で行われていますが、学生が実際の学芸員と同じように一つの展覧会をつくり上げるというのは珍しい試み。龍谷大学では40年以上にわたりこれを行っており、2025年で46回目の開催となります。今年は52名の実習生(+教員4名)によって企画・開催されました。
今回のタイトルは「ちょっと一服、ええ遊び―江戸時代の京・大坂 娯楽案内」。
今年も初日に取材をさせていただきましたので、その展示の様子や見どころをご紹介します!
※展示室内の写真は許可を得て撮影させていただいたものです(一般の方の撮影は禁止)

2025年度龍谷大学文学部博物館実習 十二月展
「ちょっと一服、ええ遊び―江戸時代の京・大坂 娯楽案内」(龍谷ミュージアム)展示風景
今回の展覧会はタイトルの通り「遊び・娯楽」がテーマ。
ちょうど2025年度のNHK大河ドラマ『べらぼう』でも江戸時代の芸能や出版といった娯楽文化が取り上げられていますが、太平の世となった江戸時代はそんな人々の「娯楽」が大いに発展した時代でした。本展では、そんな江戸時代の娯楽文化のなかでも上方地域(京都・大坂)で隆盛したものに焦点を当て、芸能/文学/旅行/食・遊戯の4章仕立てで紹介する構成となっています。
第1章《芸能》芸道の舞台へ、ようおこし
第一章で取り上げるのは「芸能」。
主に文楽の人形や、文楽や歌舞伎の演目を題材にした浮世絵・噺本などを通して「観る」視点から上方芸能を紹介しています。
幕府のお膝元として武家の影響が強かった江戸とは異なり、上方は商人・職人など町人階級が活躍する経済文化都市でした。その結果、文楽(人形浄瑠璃)や歌舞伎の舞台では、ヒーローが悪役を退治する勧善懲悪ものの"荒事"が主体だった江戸に対し、上方では義理人情、恋愛、家族など観客の感性に寄り添った"世話物"と呼ばれる演目が数多く生み出されました。身分違いの恋に苦しんだ男女が共に命を絶ってしまう「曾根崎心中」などはその代表作です。

文楽人形「お染」個人蔵
冒頭には女性の文楽人形「お染」が展示されています。お染は世話物の演目『新版歌祭文』に登場するヒロインの名で、商家のお嬢様です。お染の、頭(かしら)の顔部分には特に仕掛けはありません。女性の文楽人形は、能面のように下を向いたり上を向いたりと頭の絶妙な角度で喜びや悲しみといった感情を表現します。

2025年度龍谷大学文学部博物館実習 十二月展
「ちょっと一服、ええ遊び―江戸時代の京・大坂 娯楽案内」(龍谷ミュージアム)展示風景
左端:男性の文楽人形「文七」(裸)個人蔵。
「お染」の向かいには、男性の文楽人形「文七」や、手や足のパーツ、頭ができるまでの流れを紹介した資料が展示されています。
文楽では人形の頭にそれぞれ「性根」と呼ばれる表現したい感情が込められており、文七は苦悩や葛藤する役どころで登場します。男性の人形の頭は目や口、眉毛までが細かく動かせる絡繰りが施されており、様々な表情に変化させられるのが特徴です。男女の人形の特徴を見比べても楽しめます。

落語舞台道具 現代 龍谷大学学友会学術文化局落語研究会蔵
こちらは上方落語の舞台を再現した展示。江戸落語では噺家は座布団一枚に座って演じますが、上方では噺家の前に小さな机「見台」を置き、膝隠しを設置する形で舞台を構成します。机の上に置かれているのは叩いて音を出す拍子木。他にも展示室では、落語中の効果音に使う鳴り物(楽器類)も紹介されています。
上方落語は元々神社やお寺など人の集まる場所で行われていたため、騒がしい環境でもお客にわかりやすいよう鳴り物が取り入れられたのだそう。これは江戸の落語にはない、上方落語だけの特徴です。
第2章《文学》本の見世へ、ようおこし

2025年度龍谷大学文学部博物館実習 十二月展
「ちょっと一服、ええ遊び―江戸時代の京・大坂 娯楽案内」(龍谷ミュージアム)展示風景
江戸時代は民衆娯楽として読書文化が浸透した時代。貸本屋も登場し本が広く親しまれました。第2章では、当時の書籍の展示・解説の他、版木など出版文化を支えた品々が紹介されています。
展示されている本の多くは、京都を中心に上方の書店で出版されていたもの。源氏物語などの古典の名作から、その古典を下敷きに新たに創作された物語、絵だけで構成されたもの、学術書などそのラインナップも多彩です。江戸生まれのコンテンツもありますが、これは江戸で人気を博したものも改めて上方の本屋で出版され、人々に広まっていたことを示しています。

北斎漫画 初編一墨版 明治時代 芸艸堂蔵
葛飾北斎の著作『北斎漫画』の版木。
版木は出版権の証であると同時に版を重ねると擦り減っていく消耗品でもあるため、制作当初同様の版木は大変貴重です。
ここでの目玉展示のひとつが、現在では日本で唯一となった伝統的な手刷木版本を制作する京都の出版社・芸艸堂さん所蔵の「版木」。なんと現在も現役で印刷に使われているものなのだそうです。
江戸時代、本や浮世絵を印刷する版木は全て専門の職人による手作りで量産ができなかったため、版木を持っていることが出版権の証明にもなっており、各版元(出版社)で版木はとても大切にされていました。現在も使われる「版権」という言葉のルーツです。

左:慶長以来書賈集覧 大正5年(1916)龍谷大学大宮図書館蔵
大正時代に編纂された、慶長年間(1596-1615)以降の出版物をまとめたカタログ。
右:京羽二重大全 巻一下 文化8年(1811)龍谷大学大宮図書館蔵
江戸時代後期に出版された、京都の有名寺院などの名所、芝居小屋などの娯楽スポットをまとめたガイドブック。
旅先に持参しやすいよう、小さいサイズで作られているのもポイント。
この章の最後には、京都の名所を紹介したガイドブックが紹介されています。
次の章のテーマは「旅」ということで、展示品でつながりを持たせたのだそう。このような構成の工夫も展覧会の見どころです。
第3章《旅行》名所名物の旅へ、ようおこし
第3章のテーマは「旅行」。今のように電車などの交通手段が多かったわけではありませんが、江戸時代には街道・宿場の整備が進み旅がしやすくなったことで、旅が庶民の娯楽となっていきました。特に町人文化の中心地となった上方は華やかで旅の名所としても人々の心を駆り立てました。

2025年度龍谷大学文学部博物館実習 十二月展
「ちょっと一服、ええ遊び―江戸時代の京・大坂 娯楽案内」(龍谷ミュージアム)展示風景
右は川を移動する客を乗せた「三十石船」、左はそこに食事を提供した「くらわんか舟」の模型。どちらも枚方市蔵。
ここでの見どころのひとつが、枚方宿で発展した「くらわんか舟」の関連資料。
くらわんか舟とは、淀川を船で移動する人々に向けて食べ物や飲み物を提供していた舟。「くらわんか~」と声をかけながら小舟で近づいてきたことからこの名前がつきました。展示では、この「くらわんか舟」の模型や、実際に使われていた食器類などが紹介されています。

2025年度龍谷大学文学部博物館実習 十二月展
「ちょっと一服、ええ遊び―江戸時代の京・大坂 娯楽案内」(龍谷ミュージアム)展示風景
手前はくらわんか茶碗(枚方市蔵)。唐津、肥前など産地もさまざまです。
くらわんか舟で用いられた食器は「くらわんか茶碗」と呼ばれます。その特徴は不安定な船の上でも倒れにくいよう高台が大きめに作られているところ。展示を見る際は横からも眺めてみるのがおすすめです。また、食器の生産地がバラバラであることからも、様々な地域の道具が上方へ集まっていたことを伺わせます。

旅衣装三点(笠・合羽・草鞋)京の田舎民具資料館蔵
展覧会の案内役を務める旅人姿のマスコットキャラクター「ごらく君」の衣装はこれをもとにデザインしたそう。
その他には、当時の旅人の衣装や印籠などの道具、当時の上方(主に伊丹市周辺)の人気日本酒番付表、京都や大阪などを取り上げた名所図会等の典籍が紹介されています。

2025年度龍谷大学文学部博物館実習 十二月展
「ちょっと一服、ええ遊び―江戸時代の京・大坂 娯楽案内」(龍谷ミュージアム)展示風景
中が「摂津名所図会」巻一 寛政10年(1798)白鹿記念酒造博物館蔵。
右は「東海道中膝栗毛画帖」上 昭和8年(1933)白鹿記念酒造博物館蔵。
摂津国(現在の大阪~神戸周辺)の名所をまとめたガイドブック「摂津名所図会」は、資料調査の結果、巻の数字と出版順が合致していないことがわかったそう。これは元々どの巻でどこの話をするか先に決めていたものの、現地取材の都合で後の巻の原稿が先に完成したため、できたところから出版していたためと考えられます。展覧会は学生さんの資料調査の成果発表でもあるので、そこにも注目したいところです。
第4章《遊戯》遊びの輪へ、ようおこし
最後の第4章のテーマは「遊戯」。活気あふれる町衆文化が融合した上方では、身分の垣根を越えた多様な遊戯が誕生し、人々に親しまれました。
ここでは将棋、すごろく、投扇興、カルタなどが紹介されています。

左:「中将棋初心鈔」元禄10年(1679)龍谷大学大宮図書館蔵
中:「象戯鷲抓」淳和元年(1801)龍谷大学大宮図書館蔵
右:「指出一番象戯」五巻 元禄11年(1698)龍谷大学大宮図書館蔵
江戸時代の将棋の指南書や棋譜集。「象戯(しょうぎ)」は将棋の古い書き方。
将棋は幕府の庇護もあり、江戸時代に庶民の遊びとして浸透しました。
棋譜や詰将棋の問題集なども盛んに出版されていたそうです。本をよく見ると今の将棋では見かけない「鳳凰」「麒麟」といった名前の駒がありますが、これは江戸時代に遊ばれていた「中将棋」という駒の多い将棋。今では廃れてしまった昔の遊びの姿を今に伝える貴重な資料です。

2025年度龍谷大学文学部博物館実習 十二月展
「ちょっと一服、ええ遊び―江戸時代の京・大坂 娯楽案内」(龍谷ミュージアム)展示風景
右が盤双六(大阪商業大学アミューズメント産業研究所蔵)、左2点が絵双六(龍谷大学大宮図書館蔵)
双六は対戦形式の「盤双六」と、多人数で遊ぶ「絵双六」が紹介されています。盤双六は平安時代から遊ばれていた歴史あるゲームで、江戸時代も大変人気でしたが、賭け事の対象にもなったため風紀を乱すとして幕府に取り締まられたこともあったとか。展示では賭け双六の様子を紹介した資料も展示されています。
一方の絵双六は、今も知られるパーティーゲームスタイルのもの。仏教の教義を採り入れたものもあり、遊びながら自然と知識を身に着けられる教材的な意味合いも持っていました。遊びだけれど、「ただの遊び」ではない、というところがポイントです。
投扇興 一式/銘定表:上村松園画 須川信行歌 京都産業大学図書館蔵
京都の老舗扇店・宮脇売扇庵から販売されたもの。
こちらは投扇興。台の上に置いた的に扇を投げ、的や扇の落ち方で点数を競う遊びで、お座敷遊びとして好まれました。銘定表(点数表)には役と点数が描かれており、役には源氏物語の巻名がついているところがなんとも優雅です。遊びの中に教養を求めることで遊んでいた人々ののステータスを伺える点も特徴です。
娯楽・遊びは現代人にも身近なテーマ。紹介されているものも、今の私たちにも馴染み深いものや繋がりを感じさせるものが主体です。
今回は企画にあたり、本や舞台を「作る・演じる側」ではなく、「観る・愉しむ側」の視点からの展示になるよう構成したとのこと。観客の視点に立つことで、来場者に展示品を身近に感じてもらえるように工夫されています。
展示品や解説を見ながらと現代の私たちの生活にも結び付けて、自分ごととして体感しながら楽しむことが出来る展覧会でした。
会期は12/3(水)~12/6(土)の4日間と短いですが、とても充実した内容です。最終日の12/6には実際に江戸時代の文化を体験できるワークショップも開催されるそうです。江戸時代の人々と現代人を繋ぐ「遊び・娯楽」の世界を、この機会に味わってみてはいかがでしょうか?