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【レポート】フォンタネージ―イタリアの光・心の風景(京都国立近代美術館)

2026/08/31

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アントニオ・フォンタネージという名前は、美術史や日本の近代史に興味のある方なら聞き覚えがあるのではないでしょうか。

明治初頭に来日した「お雇い外国人」で、日本に本格的な西洋画を教えた先生。日本でのフォンタネージの一般的なイメージはこちらでしょう。しかし、フォンタネージ自身がどんな画家だったのか、どんな作品を描いていたのかまでは、ほとんど知られていません。

そんなフォンタネージの画家としての実像に迫る展覧会が、京都国立近代美術館で開催されている「フォンタネージ―イタリアの光・心の風景」です。今回はその内容と見どころをご紹介します。

※本記事の内容は、2026年7月の内覧会取材に基づきます。


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「フォンタネージ―イタリアの光・心の風景」(京都国立近代美術館)展示風景
冒頭のパネルに掲載されたフォンタネージの肖像写真

日本でフォンタネージの作品をまとまった数で紹介する展覧会は、1977年、1997年に続き3回目、約30年ぶり。
過去2回は日本の近代美術との関係に重きを置いた内容でしたが、今回はイタリアの研究者が監修に加わり、19世紀のヨーロッパを代表する風景画家、イタリア近代絵画の巨匠としてフォンタネージを改めて評価する内容になっています。

フォンタネージが本格的に画家の道を歩み始めたのは1850年頃、30歳を過ぎた頃でした。もともと舞台美術を学んでいたフォンタネージですが、義勇兵としてイタリア独立運動(リソルジメント)に身を投じます。義勇軍の敗北後はスイスに逃れ、生計を立てるために風景画を描くようになりました。

第一章で紹介される初期の作品は、スイスの自然や農村風景をモチーフにしたものが中心です。伝統的な風景画のスタイルを踏襲する一方で、陰影へのこだわりや、同じ主題でも構図を工夫している試行錯誤の様子が見て取れます。

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「フォンタネージ―イタリアの光・心の風景」(京都国立近代美術館)展示風景
フォンタネージの初期のモノクロ版画。
レマン湖などスイスの名所や農村の風景が描かれている。

そして第二章から第五章では、フォンタネージの作風の特徴と、彼の風景画の魅力にスポットが当てられています。

フォンタネージはスイスのジュネーヴ、フランスのパリ、イギリスのロンドンとヨーロッパ各地を渡り歩き、その間にターナーをはじめとするロマン主義の画家たちからも影響を受けながら、自分の作風を確立していきました。
特に1855年のパリ万博を機にバルビゾン派に出会って以降は、自然や農村の風景をつぶさな観察と写生に基づいて描くその作風に傾倒していきます。

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「フォンタネージ―イタリアの光・心の風景」(京都国立近代美術館)展示風景
手前:アントニオ・フォンタネージ《静寂》1860年頃 トリノ市立近現代美術館蔵
フォンタネージのもっとも知られている代表作の一つ。

フォンタネージの作品の特徴といえるのが、人や動物の姿も風景の中に溶け込ませるように描かれていること。人の暮らしも自然の風景の一部として捉え、両者の均衡を保っているところに、彼らしい視点がうかがえます。

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「フォンタネージ―イタリアの光・心の風景」(京都国立近代美術館)展示風景
アントニオ・フォンタネージ《十一月》1864年 トリノ市立近現代美術館蔵
晩秋の風景の中に、羊飼いの少女がひとり。
フォンタネージの代表的な構図が良く表れている作品で、王室買上げにもなった。

また、ひとりぼっちの羊飼いや農夫の姿で「孤独」を表現するなど、風景に心の動きや感情を結びつけようとした作品も印象的です。
単に風景を描くだけではなく、そこに何を感じるのか。風景を通じて見る人の心に真摯に向き合おうとする姿勢も、フォンタネージの風景画の魅力となっています。

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「フォンタネージ―イタリアの光・心の風景」(京都国立近代美術館)展示風景
左からアントニオ・フォンタネージ 《フィレンツェの回廊》1867年頃、《サン・ジョヴァンニ広場》1880年、《フィレンツェの旧市場》1867年頃
いずれもトリノ市立近現代美術館蔵

また、フォンタネージは農村だけでなく、都市の風景も積極的に描いています。スイスから、イギリスのロンドン、イタリアのフィレンツェ、トリノへと渡り歩いたフォンタネージは、まさに「旅する画家」でもありました。ジュネーヴを描いた作品からは街の建物への関心がうかがえ、フィレンツェの市場を描いた作品からは、人々の暮らしに向ける温かい眼差しが感じられます。

バルビゾン派の画家たちは都市化への反発から農村を主題に選んだ経緯がありますが、フォンタネージに都市への悪印象はなく、むしろその土地ごとの個性がにじむ都市の風景にも魅力を見出していたことがわかります。

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「フォンタネージ―イタリアの光・心の風景」(京都国立近代美術館)展示風景
アントニオ・フォンタネージ《四月》1873年 トリノ市立近現代美術館蔵

そして、フォンタネージの最大のこだわりといえるのが光の表現です。それがよく伝わるのが、代表作《四月》です。流れる雲の切れ間から差し込む一瞬の光をとらえた劇的な作品で、その瞬間を目にしたときの感動がそのまま伝わってくるようです。

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「フォンタネージ―イタリアの光・心の風景」(京都国立近代美術館)展示風景
1874-80年頃に描かれた、同じ沼地の風景を描いた連作。
手前は《沼に沈む燃えるような夕陽》1878-81年

同じ沼地を描いた連作では、黄昏の光が夕闇に包まれて弱まっていく様子が段階的に描かれ、光を通して時間の推移による風景の変化そのものを主題にしています。いずれも丁寧な自然観察と写生が下地になっている点は共通しています。

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「フォンタネージ―イタリアの光・心の風景」(京都国立近代美術館)展示風景
工部美術学校でのフォンタネージの教室風景を描いたスケッチなど。

そして第六章では、日本との関わりに焦点が当てられています。イタリア統一の動きが進むなか、フォンタネージはトリノの美術アカデミーで風景画の教授を務めるようになり、1876年、明治政府が募った工部美術学校の教師募集に応じて来日しました。

ここでは、フォンタネージがどのような指導を行っていたのか、そして浅井忠や小山正太郎、高橋由一などフォンタネージに学んだ画家たちとの関係に注目。日本で過ごした2年間にフォンタネージが残したスケッチのほか、指導に使った資料群、弟子たちの作品が展示されています。
ちなみに、フォンタネージ教室の門戸は女性にも開放されており、展示作品にはフォンタネージの下で学んだ女性作家の作品も含まれています。

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「フォンタネージ―イタリアの光・心の風景」(京都国立近代美術館)展示風景
工部美術学校でのフォンタネージに学んだ弟子たちの作品も。
壁にあるのはどちらも松岡壽の作品。
左《凱旋門》1882年 東京藝術大学蔵、右《ピエトロ・ミカの服装の男》1881年 岡山県立美術館

フォンタネージは出来る限り、イタリアで教えていたことと同等の教育を日本でも行おうとしており、絵画の技術だけでなく、西洋画の理解に不可欠な歴史などの教養から丁寧に教える本格的なものでした。師匠や先達の絵の模写を繰り返して型を己に叩き込む技術面が中心だった当時の日本の絵画教育にとって、これは画期的なことだったようです。

なかでもフォンタネージが特に重点的に説いていたのは、「天然のものをとにかく観察し、模写するように」という、自身の作品の根底にもある写生の精神でした。展示には、風景や建物、授業の様子を写した弟子たちのスケッチが幅広く紹介されており、どのような授業が行われていたのかがうかがえます。

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「フォンタネージ―イタリアの光・心の風景」(京都国立近代美術館)展示風景
アントニオ・フォンタネージ《日本の寺の入口》(1976-80)レッジョ・エミリア市立博物館蔵
右は元になったフォンタネージの日本でのスケッチ。

また、フォンタネージ自身が日本で描いた作品を見ても、建物の構造や光に浮かぶ木のシルエット、市井の人々の何気ない仕草が丁寧に捉えられており、馴染みのない異国の風景や生活の中にある美しさを描き出す、確かな観察眼と写生の精神が伝わってきます。

フォンタネージの作風がどれだけ弟子たちに受け継がれているのかがよくわかるのが、フォンタネージが日本滞在時のスケッチを元にイタリア帰国後に描いた《日本の寺の入口》(1876-80年、レッジョ・エミリア市立博物館蔵)と、すぐ近くに展示された弟子・浅井忠の《徳川家の霊廟Ⅰ(寺の入口Ⅰ)》です。

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「フォンタネージ―イタリアの光・心の風景」(京都国立近代美術館)展示風景
浅井忠《徳川家の霊廟Ⅰ(寺の入口Ⅰ)》《徳川家の霊廟Ⅱ(寺の入口Ⅱ)》
どちらも1878年頃、トリノ市近現代美術館蔵

建物の前にさりげなく佇む人物の配置など、全体の構図はそっくり。フォンタネージのスタイルが浅井に与えた影響が如実に伝わってきます。 ほかの弟子たちの作品を見ても、人物を風景に馴染ませる描き方や陰影の付け方に、フォンタネージからの影響が感じられます。

フォンタネージは1878年、体調不良や明治政府の財政難などもあって職を辞し、イタリアに帰国します。別れの際にも「今後は一途に天然のものを師として勉強せよ」と写生の大切さを説いた言葉を弟子たちに贈っていたといいます。一にも二にも、まずは本物を見て描くことが、フォンタネージの絵画の真髄。この教えは弟子たちに引き継がれ、日本の西洋画の礎となっていきます。

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「フォンタネージ―イタリアの光・心の風景」(京都国立近代美術館)展示風景
アントニオ・フォンタネージ《雲》1880年 トリノ市立近現代美術館蔵

第七章では、日本ではあまり知られていない、フォンタネージの晩年の活動が紹介されています。 イタリア帰国後にトリノの美術アカデミーに戻ったフォンタネージは、その後も精力的に風景画を描き続けました。この時期の代表作として紹介されているのが、本展最大の作品《雲》です。周囲には雲のスケッチや習作も展示されており、フォンタネージが何度も描き直しを重ねるほど力を注いでいたことがうかがえます。

空と流れる雲のコントラスト、そこに差し込む太陽の光。フォンタネージが描きたい対象が見事に集約された作品です。人の心のように決まった形を持たず変化し続ける雲と、それを照らす光の表現は、長年にわたる真摯な自然観察と写生によって培われたもの。フォンタネージの集大成ともいえる一点でしょう。

しかしこの作品をコンクールに出品したところ、評価は芳しくなく、フォンタネージにとっては不本意な結果に終わってしまいました。

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「フォンタネージ―イタリアの光・心の風景」(京都国立近代美術館)展示風景
アントニオ・フォンタネージ《田園風景を描いた四曲屛風》1882年頃

今回新たに発見された作品として紹介されているのが、最晩年の頃に制作されたという屏風。日本で目にした屛風や障壁画の表現を採り入れ、背景には金箔張り。のどかな田園風景をほんのりと夕暮れの光が包んでいるような効果を生み出し、フォンタネージこだわりの光の表現を引き立てています。フォンタネージにとっても日本での2年間は人生にとって大きな経験であったことが感じられる作品です。

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「フォンタネージ―イタリアの光・心の風景」(京都国立近代美術館)展示風景
フォンタネージに影響を受けたイタリアの画家たちの作品。
左:ジュゼッペ・ペリッツァ・ダ・ヴォルペード《モンジーニの牧草地にいる二人の羊飼い(十一月)》1901年 トリノ市立近現代美術館蔵
はフォンタネージの《十一月》を受けて描いたもの。

第八章では、イタリアにおけるフォンタネージの没後の展開に目が向けられます。
1882年にフォンタネージが没した後、その画風はクレモーナやランツォーニなどミラノの若手画家たちのグループに受け継がれ、象徴主義的な近代風景画の起点として位置づけられていきます。
また、未来派の画家カルロ・カッラは、フォンタネージがこだわり続けた光の表現を自らの風景画にも取り入れました。それだけでなく、自らフォンタネージ美術協会の設立にも関わり、没後の顕彰に尽力しました。

日本では本格的な西洋絵画教育の礎を築いたフォンタネージでしたが、イタリアにおいてもフォンタネージの画風に学び受け継いだ画家たちが多くいたのです。


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「フォンタネージ―イタリアの光・心の風景」(京都国立近代美術館)展示風景
レオナルド・ビストルフィ《アントニオ・フォンタネージの記念碑のための習作》
1883-87年 トリノ市立近現代美術館蔵

フォンタネージの没後すぐに制作されたもの。
制作者の近代イタリアを代表する前衛彫刻家・ビストルフィは風景画家でもあり、個人的にフォンタネージの作品研究もしていた。

「先生」としての印象が先に立ちがちなフォンタネージですが、本展を通して浮かび上がるのは、19世紀末から20世紀にかけて活躍した、ひとりの画家としての姿です。

真摯に自然と向き合い、風景とそこに重なる人の心を描き続けたフォンタネージ。風景全体の一部として人物を溶け込ませる描き方には、その場の空気をそのまま描き留めたいという姿勢が感じられます。この徹底した自然観察と情景描写のスタイルは弟子たちの作品にも受け継がれ、その後のイタリアの画家たちにも影響を与えました。

改めてその作品と向き合うことで、フォンタネージという画家が単なる「先生」に留まらない、近代美術における巨匠だったことを実感できることでしょう。

フォンタネージ ―イタリアの光・心の風景

日程:2026年7月18日(土)~10月4日(日)
会場:京都国立近代美術館
https://www.kyotodeasobo.com/art/exhibitions/Fontanage150th/

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