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【レポート】文化財よ、永遠に 2026―次代につなぐ技とひと(泉屋博古館)

2026/05/08

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展覧会で展示されているさまざまな文化財は、その多くが美しい状態で展示されています。
しかし、損傷した文化財を修理し、安全に展示できる「美しい状態」にまでするためには、様々な人の知恵や努力がかかわっています。
修理の前に作品の調査を行った研究者のほか、修理を直接行った職人、修理に向けて奔走した所蔵者やサポートした関係者たち――そんな文化財維持の「舞台裏」の存在に注目した展覧会「文化財よ、永遠に2026 ―次代につなぐ技とひと 住友財団文化財維持・修復事業助成の成果展示」が泉屋博古館で6/28まで開催されています。

※本記事は第1期展示(~5/6)の取材内容を元に構成しています。時期により展示内容が異なっている場合がございますので、予めご了承ください。

美しい展示にはワケがある。文化財維持を支える修理の世界

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「文化財よ、永遠に2026―次代につなぐ技とひと」(泉屋博古館)展示風景より
重要文化財 佐竹本三十六歌仙絵切「源信明」鎌倉時代・13世紀 泉屋博古館蔵【展示期間:4/4~5/6】

住友グループの支援を受けて活動している泉屋博古館。同じく住友グループが基金拠出して1991年に設立した「公益財団法人住友財団」は、さまざまな研究活動の助成の他、文化財の維持・修復事業の助成を長きにわたり行ってきました。

本展では、その住友財団の助成によって修理が行われた、関西地区の文化財を中心に紹介されています。
※関東地区の文化財は泉屋博古館東京にて展示されています

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「文化財よ、永遠に2026―次代につなぐ技とひと」(泉屋博古館)展示風景より
各作品にはこのような修理に関する解説パネルが添えられています(図録にも収録)
※写真は第1期展示(~5/6)のものです

展示の特徴は、各作品に修理前後の比較写真や修理技術の解説パネルが添えられているところ。修理前の調査によって何が判明し、どのような手順で修理が進められたかまで、丁寧に紹介されています。

ジャンルも仏像や仏画、古文書、絵画などさまざま。住友財団の助成対象の幅広さも伺えます。

35年間寄り添い続ける―「修理の伴走者」としての住友財団

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文化財よ、永遠に2026―次代につなぐ技とひと」(泉屋博古館)展示風景より
冷泉為村筆「為村日記」江戸時代 18世紀 京都・冷泉家時雨亭文庫【展示期間:4/4~5/3】
※展示される書物は観覧時期によって異なります

展示の冒頭には、冷泉家時雨亭文庫が所蔵する古文書資料の一冊が展示されています。

百人一首の選者・藤原定家に始まる歌人の家・冷泉家には、定家直筆の国宝『明月記』をはじめとする膨大な文書群が現存しており、日本の歴史や文化を知る上で貴重な資料となっています。
度重なる戦乱や災害を乗り越え、大切に守られてきた文書群。しかしモノである以上経年劣化には抗えません。

展示されていた本は、既に表紙は失われており、虫にも食い荒らされ、ページをめくることも難しい見るからに悲惨な状態です。
声なき声をあげ、助けを待つ文化財――そんな「修理のスタート地点」を象徴する意味を込め、今回特別に修理の手が入っていないものを展示しているそうです。

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文化財よ、永遠に2026―次代につなぐ技とひと」(泉屋博古館)展示風景より
冷泉家時雨亭文庫所蔵資料の修理課程の紹介

冷泉家所蔵の古文書の修復手順については、展覧会の中ほどで紹介されています。ボロボロのページを一枚ずつ解体し、紙を継ぎ足したり裏打ちして補修し、再び本の形に戻していく、気の遠くなる作業です。

この冷泉家時雨亭文庫所蔵資料は、住友財団が文化財修復助成事業を始めた当初から修理プロジェクトに携わっている文化財。とにかく数が膨大なため、35年を経た現在も修理が続けられています。

文化財の修理期間は作品によって異なり、1年ほどの短期間で済むものもあれば、10年単位の長期間に及ぶものもあります。時雨亭文庫の所蔵品の場合は、そもそもいつまでかかるかも定かではありません。
その点において、住友財団は「一度助成を始めたらどんなに長くかかろうとも完了まで助成し続ける」という方針がとられています。

文化財を次代に引き継ぐためには、修理を途中で中止したり投げ出したりしてはいけない。時雨亭文書は住友財団の「文化財を守ることへの姿勢」を象徴する存在ともいえます。

「行政の網の目」からこぼれた文化財を救う

一般的に、文化財の修理に関してはまず行政を通して助成を受けることになります。しかし行政主導の文化財助成の場合、対象が「国や自治体で文化財として指定・登録されているもの」に限定されていたり、限度額の設定上それだけでは費用を賄えないなど、どうしても穴が存在します。

住友財団のような民間の助成事業には、そんな行政の網ではカバーできない部分をサポートするという役割もあります。展覧会では、それによって救われた文化財の事例も紹介されています。

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「文化財よ、永遠に2026―次代につなぐ技とひと」(泉屋博古館)展示風景より
《繻子地刺繡仏涅槃図》江戸時代・元禄4年(1691)京都・三寶寺蔵【展示期間:4/4~5/6】

そのひとつ、京都・三寶寺の《繻子地刺繍仏涅槃図》は高さ3m近くもある巨大な刺繍仏画。しかも中央の釈迦如来は取り外しもできるというユニークな特徴もあります。
しかし制作時期が江戸時代と比較的新しい作品だったこともあり、京都府から文化財指定は受けておらず、修理助成の対象からは外れていました。

それでもお寺の大切な宝物をなんとか後世に残したいと、所蔵元のご住職は修理を諦めず、行政が難しいならと民間の住友財団に申請を出します。そして5回の挑戦でようやく助成にこぎつけたのだそうです。

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「文化財よ、永遠に2026―次代につなぐ技とひと」(泉屋博古館)展示風景より
釈迦如来立像(平安時代・11世紀)/毘沙門天立像(平安時代・12世紀)
ともに河内長野市指定文化財 大阪・下岩瀬薬師保存会蔵【通期展示】

もうひとつの例が、大阪・河内長野市の山中にある下岩瀬薬師寺の釈迦如来立像と毘沙門天立像(平安中期作)。
近隣集落に暮らす20数世帯が先祖代々守ってきたという仏像ですが、自治体の文化財には指定されていなかったため行政の修理助成対象ではなく、修理には全額自己負担が必要な状況でした。
そこで自治体から新たに文化財指定を受けることが検討されましたが、指定までには調査や審査の手続きで数年単位の時間がかかってしまいます。

それでも何とか修理をしたいという地域の熱意を受け、自治体担当者は住友財団に相談。文化財指定を得られるまでの間を住友財団がフォローする形での助成を実現させました。その後6年の修理を経て仏像は美しい姿を取り戻し、現在は河内長野市の指定文化財にもなっています。

ちなみにこの仏像たちは地元の人でも年に一度の御開帳日しかお目にかかれないという秘仏。そもそも山から下ろされることもめったにないので、この機会に見ておきたい作品です。

「直さない」「直す」の選択―いたずらの跡も歴史の一部

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「文化財よ、永遠に2026―次代につなぐ技とひと」(泉屋博古館)展示風景より
京都府指定文化財 報恩寺本堂障壁画《群仙図》塩川文麟筆 江戸・天保7年(1836)【展示期間:4/4~5/17】

文化財修理の決まりがもたらしたユニークな事例も紹介されています。
現在の日本の文化財修理は「現状維持」が原則なので、状況によってはあえて直さないでそのままにされることもあります。
その例が、報恩寺本堂障壁画《群仙図》。近年注目を高めている江戸後期の画家・塩川文麟の作品です。

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「文化財よ、永遠に2026―次代につなぐ技とひと」(泉屋博古館)展示風景より
《群仙図》の一部。よく見ると眼だけが狙ったように白くなっています。

よく見ると、人物の眼の部分だけが白くくりぬかれています。これは、昔お寺にいた子どものいたずらの跡と考えられるとのこと。当然、所蔵元のご住職は「目も塗ってほしい」と希望されたそうですが、新たに手を加えることは修理の範囲を超えて復元となり、「現状」を変更してしまいます。そのため、修理は襖絵の下地木枠の新調を中心とし、絵画部分はこのままの状態で残すことになったそうです。

これもまた、お寺の歴史の一ページであり、人の営みを後世に残す記録になった、とも言えるでしょう。

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「文化財よ、永遠に2026―次代につなぐ技とひと」(泉屋博古館)展示風景より
重要文化財 賀茂別雷神社文書のうち『大手鑑』室町幕府奉行人連署奉書(競馬会神事遂行)【展示期間:4/4~5/6】
上賀茂神社の初夏の神事・賀茂競馬についての書状。
※観覧時期により展示される書状は変更されます

一方で、「現状維持」ではなく、あえて「現状変更」を選んだ例もあります。
それが上賀茂神社に伝わる古文書集『大手鑑』。上賀茂神社に送られた諸大名などからの大切な文書を台帳に貼り、スクラップブックのようにして保管していたものです。なかには明智光秀など有名人の文書もあり、歴史的にも大変貴重な史料です。

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「文化財よ、永遠に2026―次代につなぐ技とひと」(泉屋博古館)展示風景より
『大手鑑』の台帳本体。きれいに書面が剥がされていることがわかります。

しかし、文書を貼っていた台帳自体が経年劣化で歪んでしまい、このままでは文書を傷めてしまう恐れがありました。
そこで修理の際は台帳から文書を剥がし、フラットな状態で保存する形に変更されました。
文化財修理において現状維持の原則は絶対ではなく、あくまで「その文化財にとっての最善」が優先される、という事例です。

本物は博物館へ、お堂には複製を―文化財の「文脈」を守る

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「文化財よ、永遠に2026―次代につなぐ技とひと」(泉屋博古館)展示風景より
麟祥院本堂障壁画《雲龍図》海北友雪筆 江戸時代・17世紀 京都・麟祥院
※写真は東面【展示期間:4/4~5/17】(5/19以降は西面に展示替)

修理後の文化財を如何に保存するか。その選択も大切です。特に障壁画のように建物の建具に組み込まれているものは、元の場所に戻すと常に外気にさらされる環境に置かれます。そのため文化財保護を優先して別の場所で保管するケースもあります。

その例が、メインビジュアルにも採用されている、海北友雪筆《雲龍図》です。
修復後、お寺のご住職は貴重な文化財を後世に良い状態で伝えていくべきだと、博物館に寄託する選択をしました。

所蔵元の麟祥院は、春日局の菩提寺。絵の作者である海北友雪は若くして師匠である父を亡くし苦労していた際、春日局に徳川家の仕事に推薦してもらうなど多大な援助を受けました。後年、春日局の菩提寺に絵を描いてほしいと依頼され、その恩に報いようと気合いを入れて描いたのがこの《雲龍図》だそうです。

このエピソードを踏まえても、《雲龍図》がお寺にあることそのものに特別な意味があります。
文化財保護のためとはいえ、お寺からこの絵がなくなるということは、絵にとってもお寺にとってもアイデンティティの喪失に等しいこと。
そこで、オリジナルは博物館に寄託して保管し、元の場所には高精細の複製襖を制作して代わりに設置することで対応したのだそうです。

作品そのものはもちろん、絵に込められた文脈も守る。それも文化財修理の役割と言えるでしょう。

実は道具が絶滅危惧種。文化財修理の世界の厳しい現状

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「文化財よ、永遠に2026―次代につなぐ技とひと」(泉屋博古館)展示風景より
修理道具の展示コーナー

作品のほかにも、展示室前のロビーや会場内の各所には、修理の際に実際に用いられた道具類も多数紹介されています。
文化財に使われている素材は多種多様。その素材やパーツに合わせてさまざまに調整された道具が使われていることがわかります。作品を見た後に改めて見ると、「あそこにこれが使われていたのか」とさらに馴染み深く鑑賞できます。

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「文化財よ、永遠に2026―次代につなぐ技とひと」(泉屋博古館)展示風景より
かんな屑や修理に用いる布材などを実際に手で触れられるコーナー。

また、修理で用いる素材を実際に触ることができる体験コーナーもあり、文化財修理の世界をさらに身近に感じられます。

なお文化財修理の現場では、修理を行う職人だけでなく、修理用の道具を作る職人が近年は不足しています。特殊な道具も多いため、後継者が見つからずに廃業となってしまうと、今後の道具の新調や修理ができなくなるなど、文化財修理の支えが失われかねない大きな問題も起きてきます。

文化財そのものを守り次代に引き継いでいくことはもちろん大切ですが、そのためには修理ができる人材、その技術を支える存在を守っていくことにも目を向けてほしい。
道具展示のコーナーには、そのような思いが込められています。


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展覧会で作品を鑑賞する際、私たちは美しい状態を当たり前のように受け取っています。しかしそこには、長年にわたる地道な修理作業や、各文化財の最善を考慮した計画、助成を求めて奔走した所有者の熱意――そんな無数の人の仕事と選択が積み重なっています。

展覧会のタイトルに「次代につなぐ技とひと」とある通り、文化財を守り受け継いでいくためには、技術はもちろん「人の存在」が重要である。
それを改めて問いかけてくれる展覧会でした。

なお、本展は通常よりも細かい期間で展示替えが行われます。
今回紹介したもの以外にもさまざまな文化財とそれにまつわるエピソードが紹介されます。
文化財修理という側面から作品が選ばれている分、通常の展示ではなかなか見る機会の少ない作品も多数ラインナップされているので、ぜひお見逃しなく。

展覧会情報

特別展「文化財よ、永遠に2026 ―次代につなぐ技とひと 住友財団文化財維持・修復事業助成の成果展示」

会場:泉屋博古館
会期:2026/4/4~6/28

https://www.kyotodeasobo.com/art/exhibitions/bunkazai-eien2026/

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