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【レポート】大阪・関西万博開催記念 特別展「日本、美のるつぼ―異文化交流の軌跡―」(京都国立博物館)

2025/05/29

binorutsubo-repo_1.jpg大阪・関西万博2025の開催に合わせ、関西圏では日本美術の名品を集めた展覧会が多数開催されています。
そのひとつが京都国立博物館の特別展「日本、美のるつぼ―異文化交流の軌跡―」。 実は単なる"名品展"ではなく、万博に準え、「異文化交流」―日本美術を世界との関わりという視点からひも解く展覧会となっています。いつもと少し違った見方で日本美術を体感する展覧会。
本記事では主に前期展示の取材内容を基に展示の様子をご紹介します。 (時期により展示内容が異なっている箇所がございます。予めご了承ください)

「美のるつぼ」展全体のテーマは、サブタイトルにもなっている「異文化交流」。
このテーマに添って京都国立博物館の研究員さん13名が自分の担当分野ごとに展示したい作品をピックアップし、文脈に添って配置したという一種の"オムニバス"形式の展示構成になっています。
展示作品の時代・素材・媒体はバラバラですが、すべてひとつのテーマによってつながっています。なぜこの作品が選ばれたのか、そのストーリーを辿りながら見ると、より深く展覧会を楽しめます。

万博を通じて見る「日本美術」のイメージ今昔

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特別展「日本、美のるつぼ―異文化交流の軌跡―」展示風景

19世紀末から20世紀の初頭、長く続いた鎖国を解き本格的に国際社会への進出を図った明治政府は、万国博覧会を通じて西洋へ日本美術の発信を積極的に行いました。冒頭ではまず万国博覧会と日本美術の関わりに注目しています。

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特別展「日本、美のるつぼ―異文化交流の軌跡―」展示風景
葛飾北斎 富嶽三十六景のうち 右《凱風快晴》左《山下白雨》江戸時代 天保2年(1831)頃
※写真は前期・山口県立萩美術館・鴻上記念館所蔵品。後期は和泉市久保惣記念美術館(大阪)所蔵品に展示替。

binorutsubo-repo(16).jpg特別展「日本、美のるつぼ―異文化交流の軌跡-」展示風景

まずは西洋で人気を集めた品々。明治政府も外貨獲得のための重要な輸出品として美術工芸品を重視し、万博の機会にPRを行っていました。
ここでは葛飾北斎の浮世絵のほか、繊細な絵付けの陶磁器、超絶技巧の置物、美しい蒔絵の施された漆器、動物などの形を象った小箱、印籠、根付などが紹介されています。特に日本が世界最高峰の技術を持っていた漆工芸品は日本が開国する以前から評価が高く、ヨーロッパの王侯貴族がコレクションするほどに愛好されていました。

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特別展「日本、美のるつぼ―異文化交流の軌跡―」展示風景
《Histoire de l'Art du Japon》(『日本美術史』)千九百年巴里万国博覧会臨時博覧会事務局編
明治33年(1900)刊行
京都国立博物館蔵【通期展示】※会期中頁替え有り

その一方で、明治政府は西洋の異国趣味を満たすのではなく、日本が「美術」や歴史をもつ「文明国」であることを示そうとします。そこで1900年のパリ万博出展にあわせて編纂されたのが、日本美術の歴史を西洋の美術史の文脈で体系的にまとめた『Histoire de l'Art du Japon(日本美術史)』という本。次の展示室ではこの本で紹介された作品が紹介されています。

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特別展「日本、美のるつぼ―異文化交流の軌跡―」展示風景

展示されているのは、古代の埴輪や銅鐸から始まり、飛鳥時代の仏像、平安・鎌倉時代の仏画、室町時代の水墨画や狩野派の花鳥画まで...当時の「日本美術史の代表作」のイメージが伝わってきます。

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特別展「日本、美のるつぼ―異文化交流の軌跡―」展示風景
国宝 俵屋宗達筆《風神雷神図屏風》江戸時代(17世紀)京都・建仁寺蔵【通期展示】

本展の目玉作品にも挙がっている俵屋宗達の風神雷神図屏風も、明治の頃は今ほどの一般的な知名度はなく、西洋の美術研究者であるフェノロサが調査したことをきっかけに"再発見"されたのだとか。今の私たちのイメージする「日本美術史」は、西洋と日本の交流から作られていったともいえます。

日本美術の中にある異文化交流の軌跡

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特別展「日本、美のるつぼ―異文化交流の軌跡―」展示風景
手前:国宝 伎楽面 酔胡王(法隆寺献納宝物)飛鳥時代(7世紀)東京国立博物館蔵【通期展示】
中央アジアの民族・ソグド人の顔を模したと言われ、シルクロードを通じた大陸と日本のつながりを示す作品。2025年度に新たに国宝となりました。

近代以降の日本美術史は西洋との交流から形作られたもの。しかしそれ以前から、日本の美術はさまざまな異文化との関わりを持って育まれてきました。ここから先は日本美術の中にある異文化交流の軌跡とその歴史を、作品を通して辿っていきます。

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特別展「日本、美のるつぼ―異文化交流の軌跡―」展示風景

まずは日本の近隣かつ最も古くから交流のあった、中国や朝鮮、ユーラシア大陸等の東アジア圏に注目。弥生・古墳時代に中国から齎された青銅器や銅鏡、遣唐使によって持ち込まれた唐三彩、室町時代に輸入され「唐物」として珍重された作品などが並びます。
また、仏教も元は大陸から伝えられたもの。仏像や仏画も異文化交流の証として紹介されています。

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特別展「日本、美のるつぼ―異文化交流の軌跡―」展示風景
右は中国でつくられた銅鏡。それを模して日本でつくられたのが左の銅鏡。
一見似ていますが、日本のものは細部が簡略化されており、文様の形が変わっています。
見比べて楽しめるコーナーです。

また、異文化を日本で受容する際に起きた誤解について紹介したコーナーも。中国の銅鏡にあらわされている文様には様々な意味があるのですが、日本ではそれがわからなかったため、自分たちなりの創意工夫を加えて模倣品が作られました。結果、似て非なるものになってしまった...という作例が取り上げられています。

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特別展「日本、美のるつぼ―異文化交流の軌跡―」展示風景
手前:豊臣秀吉が使用した、ペルシャ絨毯の生地を用いた重要文化財《鳥獣文様綴織陣羽織》(京都・高台寺蔵/展示は5/11まで)
奥:《南蛮屏風》桃山~江戸時代 16-17世紀【通期展示】
南蛮船は日本では「宝船」ととらえられ、縁起物として南蛮船を描いた南蛮屏風が盛んに描かれました。

続いては西洋の大航海時代以降のグローバルな文化交流の軌跡に注目。戦国時代~安土桃山時代、15世紀末~16世紀末にかけ、西洋から多くの「南蛮船」が貿易やキリスト教の布教を目的に日本を訪れました。その際に持ち込まれた西洋の文化や世界各地の珍しい品々は人々の注目の的。有力者たちは西洋の舶来品も「唐物」として珍重するようになり、財力・権力を示すステータスシンボルとして扱うようになります。ここでは有力者たちが愛好した舶来品の布地を使った服や懸物、ガラスのカップなどが紹介されています。

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特別展「日本、美のるつぼ―異文化交流の軌跡―」展示風景
全面を螺鈿で装飾された洋櫃(西洋式の箱)。
安土桃山時代に日本で制作され西洋へ輸出された漆芸品で「南蛮漆器」と呼ばれます。
螺鈿装飾はインドの貝貼細工の技法を参考にしたもので、装飾金具は西洋風、蓋裏には日本風の風俗画というハイブリッド作品。

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特別展「日本、美のるつぼ―異文化交流の軌跡―」展示風景
上は
日本の蒔絵職人が装飾した西洋式の楯。
下の漆器の水注は、そっくりなものをフランス王妃マリー・アントワネットも所蔵していたそう。

その一方、南蛮船との貿易により日本の美術工芸品が海外輸出される流れも生まれました。西洋楯人から注文を受けて日本で製作された作品など展示されていますが、どれもユニークなものばかり。インドで制作され日本の蒔絵職人が装飾した西洋風の飾り楯など、こんなものがあったのか!と驚かされます。

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特別展「日本、美のるつぼ―異文化交流の軌跡―」展示風景
手前がインド製、真中がオランダ製、奥が日本製。
背もたれの装飾デザインの形が3種とも似ているのですが、少しずつ変化している点も見どころ。

こちらはインドで造られた西洋式の椅子と、その椅子を模してオランダで作られた椅子、それをさらに江戸時代に日本の漆工職人が模して作った椅子という三段リレーの作品。江戸時代の鎖国政策で西洋と日本の窓口は長崎の出島のみとされるなど限定されていましたが、つながりは常に存在し、互いに影響を与え合っていたことが伝わってきます。

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特別展「日本、美のるつぼ―異文化交流の軌跡―」展示風景より
范道生(はんどうせい)作 十八羅漢坐像のうち 羅怙羅尊者像(らごらそんじゃぞう)江戸時代・寛文4(1664)年 京都・萬福寺蔵【通期展示】
范道生は中国生まれで隠元禅師によって京都・萬福寺に招かれた仏師。その作風は濃厚かつリアルで、インド人の姿をそのまま再現したかのようです。
胸部を開いているのは自分の内の仏の姿を相手に見せている様子を表しています。
(今回それを再現したグッズとしてギミックポーチが販売されています!)

西洋との交流が拡がる一方で、中国文化への憧れも途切れることなく続いていました。こうした中、江戸時代の初めに当時最先端の中国文化を伝えたが、京都・宇治に黄檗宗萬福寺を開いた隠元禅師。彼は中国から煎茶やインゲン豆などの農作物、明朝体の書体を日本に伝えたことで知られます。まさに「原液」の状態で伝えられた異文化は、人々に強いインパクトを与え、中国風の書画や文物を好む文人趣味が流行し、中国に直接注文して道具を作らせることもあったそうです。展覧会ではそんな作品の一部が紹介されています。

「異文化を越えるもの」ノン・バーバル媒体としての美術の価値

エピローグでは、本展のためにアメリカ・ボストン美術館から里帰りした《吉備大臣入唐絵巻》が紹介されています。
吉備大臣こと吉備真備は、奈良時代に遣唐使として二度も唐(中国)へ渡り、現地でも優秀な知識人として名を馳せた人物。絵巻では唐に渡った真備が皇帝からの様々な難題や試練を見事突破していく姿が描かれています。異国の王に対しても動じることなく飄々とした真備の姿は痛快かつユーモラスです。

この絵巻がアメリカで初公開されたのは、第二次世界大戦の直前。日本とアメリカの関係が急激に悪化していた頃合いでした。しかし、いざ公開されると展示会は大盛況、大変な好評だったとか。異国での試練を乗り越える物語が描かれた《吉備大臣入唐絵巻》は、実際に言葉の違いを乗り越えて異国の人々にその良さが伝わったのです。その事実は、ノン・バーバル(言語に頼らない)に感情を共有できる媒体としての美術の存在価値を示してくれているようです。

美術はその国や地域のオリジナリティやアイデンティティを示すものであると同時に、世界との関わりによって育まれるものであるということも感じられました。日本の美術は多様な文化の中で形作られているということを思い出させてくれる展覧会でした。

展覧会は6/15(日)までの開催です。有名作品から「異文化交流」のテーマだからこそ見られるユニークな作品まで、多彩な作品が見られる貴重な機会。ぜひお見逃しなく!

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