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京都MUSEUM紀行。第九回【新島旧邸】

京都MUSEUM紀行。vol9 新島旧邸

  • 第1回 同志社誕生の地
  • 第2回 暮らしと集いの場
  • 第3回 和の暮らしへの回帰
  • PhotoGallery

青々と茂る木々に囲まれた京都御所。その敷地を横目に寺町通を北へと歩いていくと、途中に武家屋敷を思わせる立派な門構えが目に入ります。門の向こうにあるのは、これまた大きな和風建築…ではなく、バルコニーを備えた白と茶のモダンな洋風の建物です。これが、今回ご紹介する「新島旧邸」です。

同志社誕生の地、そして暮らしの拠点は、友人の助力あってのものでした。

新島旧邸は、同志社の創立者である新島襄(にいじま・じょう)と、その妻である八重が暮らした家です。建物だけでなく内部の調度品・家具類も含め、1985(昭和60)年に京都市の有形文化財に指定されています。

竣工は1878(明治11)年。江戸幕府が終焉を迎えてから10年ほどしか経っていない頃でした。まだ江戸時代の空気も色濃く残るなか、現在から見ても大変モダンな姿をしたこの家は、当時の人々から見れば一層珍しいものであったろうことは、想像に難くありません。

建物の敷地は、もともとは華族(元公家)の高松保実(たかまつ・やすざね)が所有し、自宅を持っていた場所でした。約10年のアメリカ留学から1874年に帰国した新島は翌年に高松邸の半分を借り、同志社英学校(現在の同志社大学の前身)を開校しました。そのため、新島旧邸は「同志社発祥の地」ともされています。当初の生徒数はたったの8名だったそうです。

開校翌年の秋に、英学校は生徒が増えて手狭になってきたこともあり、現在の烏丸今出川(旧薩摩藩邸跡)に移転します。 ちょうどそのころ、新島は妻の八重と結婚したばかりでしたが、彼はそれまで借家暮らしをしている状態でした。学校の運営のために奔走していた新島にとって、自分のプライベートは二の次になっていたのでしょう。

そんな新島を援助したのは、アメリカに住む友人のJ.M.シアーズという人でした。彼が自宅と公会堂(現在の同志社教会)の費用として400ポンドを寄付してくれたのです。新島は友人からのお金を元手に移転した英学校の跡地を高松から買い取り、そこにやっと自分の自宅を立てることができたのでした。

家が建てられた当時は周辺にはほとんど建物もなく、また二階建ての建物もこの家くらいだったそうです。写真に見える武家屋敷風の門は現在も残されています。(写真提供:同志社社史史料センター)

和の中に洋を備えた、明治の風を感じる家。

新島旧邸の建物は木造二階建てで、外観は19世紀末から20世紀初頭にアメリカで流行したコロニアル・スタイルの洋風建築になっています。東・南・西の三方に設けられたバルコニーや玄関のポーチ、窓に取り付けられた木製のよろい戸などから、コロニアル・スタイルの特徴がうかがえます。

しかし、よく見ると瓦は日本の黒い桟瓦(さんがわら)が用いられ、屋根は京都の夏の強い日差しを防ぐためか、洋館にしては庇(ひさし)は長く深めに作られています。また、湿気がたまらないように地面と床の間には風が通るようにされており、縁側も備えられています。壁は昔の日本家屋でよく使われていた、木の柱や梁が壁から露出している真壁造り(しんかべづくり)です。 建物の間取りも日本的な田の字型になっており、階段が京都の町家でよく見かける箱階段になっていたり、扉が板戸や襖になっていたりします。また、窓の上には洋館なら飾り窓を付けるところが代わりに障子になっています。一見すると大変モダンな洋館であるのに、実は各所に伝統的な日本の建築様式が使われているのです。

建物の設計・施工者は、はっきりとはしていませんが、設計に関しては同志社の教員だったアメリカ人のW.テイラー(アメリカン・ボードの宣教師で医師)や、アメリカ暮らしの経験がある新島自らの意見が取り入れられているといわれています。

設計図を元に建物を建てたのは京都の町大工です。彼らは洋風の建物を建てた経験も、見たこともなかったであろうと思われます。そのため彼らは今まで自分たちが手がけてきた日本建築をベースにしつつ、細かい部分は新島とテイラーの意見を元に作っていったのです。その結果、和と洋の要素が絶妙に混ざり合った、見事な「和洋折衷」の建物が出来上がりました。

明治時代は、長い鎖国が解かれ、西洋の文化が大量かつ急速に日本に流れ込んできた時代でした。戸惑いつつも、何それまで培われた日本の技術で何とか西洋の文化を再現、取り入れていこうとした当時の人々の努力の跡が、新島旧邸からはひしひしと感じられます。

新島旧邸

所在地

〒602-0867
京都市上京区 寺町通り丸太町上ル松陰町18

公開日

※2014年4月〜9月メンテナンスのため、休館。10月以降については公式サイトで要確認。

お問い合わせ

同志社大学 同志社社史資料センター
電話番号 : 075-251-3042
(受付は平日9:00~11:30、12:30~17:00)

公式サイト

http://archives.doshisha.ac.jp/

■料金

無料
※公開場所は母屋1階と附属屋です。
※建物の構造上バリアフリーではありません。

■交通のご案内

京都市営地下鉄「丸太町」下車、徒歩10分
京阪電車「神宮丸太町」下車、徒歩10分
※駐車場・駐輪場はありません。公共交通機関をご利用ください。


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