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【レポ】開館60周年記念特別展「瑞獣伝来―空想動物でめぐる東アジア三千年の旅」(泉屋博古館)

2020/10/01

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今回のレポートでは、泉屋博古館で開催の開館60周年記念特別展「瑞獣伝来―空想動物でめぐる東アジア三千年の旅」の展示内容、見どころなどをご紹介します!

※レポートの内容は9月取材時の内容を基にしています。来館時期により展示内容が一部変更となっている場合がございます。


「瑞獣」とは、古来より現れれば吉祥をもたらすとされた空想上の動物たちのこと。中国を始め、朝鮮半島や日本など東アジア圏では広く親しまれています。麒麟や龍や鳳凰...と聞けば知っている人も多いのではないでしょうか。

今回の展覧会は、そんな瑞獣の中から「虎」「龍」「鳳凰」の3種を中心に、紀元前13~12世紀・古代中国の青銅器から20世紀初頭に描かれた近代の日本画まで、長いスパンでその変遷を紹介しています。

企画を担当されたのは、古代中国の青銅器を担当されている学芸員の山本 尭さん。
泉屋博古館を代表するコレクションとなっている中国青銅器ですが、少し難しい、とっつきにくいイメージを持たれがち。そこで、青銅器に刻まれた文様のモチーフになっている動物・瑞獣たちにスポットを当て、そこからさまざまな作品との繋がりを感じてもらうことで青銅器に親しんでほしい、と考え、今回の企画が生まれたのだそうです。
以前から常々、青銅器をきっかけにストーリーが展開する展示をできないかとも考えておられたそうで、今回の展示は「虎」「龍」「鳳凰」どのコーナーでも最初に中国青銅器の作品を展示し、そこから時代を辿っていくという構成になっていました。

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《虎卣(こゆう)》商時代(紀元前11世紀)泉屋博古館

まず展示室で最初に迎えてくれたのはこの「虎卣(こゆう)」!
泉屋博古館の看板ともいえる中国青銅器です。多くの本で紹介されているので、見覚えのある方も多いのではないでしょうか。

この虎卣を最初に持ってきたのは、「瑞獣」の原型となるイメージを最も表している作品だからだそう。
虎卣はその名の通り「虎」らしき獣の姿を象っていますが、身体全体にはさまざまな生き物をモチーフにした文様が刻まれていたり、頭の上には鹿、抱えられた人の近くにはヘビと、さまざまな生き物が隠れています。その生き物は皆人間にとって安全なものとは限りません。また、人間を抱きかかえるその姿は、これから人を食べてしまおうとしているとも、守っているとも言われており、定かではありません。

古代の人々にとって、周囲の自然や野生の生き物は時には人に対して牙をむき害成すものであり、同時に食べ物などの恵みをもたらす離れて生きることはできない存在でもありました。善悪の面を併せ持つ、恐ろしいけど不可欠なもの。そんな素朴な自然観が、虎卣には示されています。そして、生き物に対する畏怖の念が次第に「吉祥の兆し」へと変化し、「瑞獣」のイメージと繋がって行ったのです。

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また、「虎」は実在する生き物ですが、恐ろしい猛獣であるため、本物を間近で観察することは難しいものでした。そのため、わからない部分は空想で補われる部分が多くあったといいます。後に虎は日本に伝わり人気の画題となりますが、そもそも日本に虎は生息していないので毛皮と昔の中国の絵、そして猫を参考にしつつ、想像で描くしかありませんでした。その点からも美術品に表された虎は空想上の生き物、「瑞獣」としての「虎」であるといえます。

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木島櫻谷《写生帖》明治時代 櫻谷文庫

虎のコーナーには、明治になってから描かれた橋本雅邦の《深山猛虎図》や、木島櫻谷の虎のスケッチが展示されています。特に櫻谷のスケッチは京都市動物園で実際に生身の虎を写生したもの。こちらの虎は空想上の「瑞獣」ではなく、トラという動物として描かれているように見えます。

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《見卣(けんゆう)》西周時代(紀元前11~10世紀)泉屋博古館

「龍」も、古代からずっと親しまれている歴史の古い瑞獣です。中国青銅器にも、龍を模した文様が刻まれたものが沢山残されています。こちらのコーナーの最初に展示されていた「見卣」には正面左右のほか、全面に色々な形の龍を思わせる文様があしらわれていました。

龍は西洋では悪の化身とされ退治される対象にされていますが、東洋では雨をもたらす神様や権力の象徴とされ良いイメージ寄りで認識されています。空想上の生き物に対するイメージの東洋と西洋の違いという点でも、東アジアの文化の特徴を考える上で重要な存在となっているそうです。

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重要文化財《雲龍図》海北友松筆 桃山時代(16世紀)京都・建仁寺

龍のコーナーでのイチオシ作品は、安土桃山時代に活躍した絵師・海北友松の雲龍図。日本で独自の発展を遂げた龍の意匠をよく示している作品だそうです。
元は建仁寺の方丈で飾られていた襖を軸の形に直したもの。龍の後ろに描かれた渦は、中国の龍図でも描かれている典型的なものです。しかし、中国の龍図では渦はパターン化した表現になっているそうですが、友松はまるで渦から龍が飛び出してくるようなダイナミックな構図で描いています。
当時龍図の名手として人気を博した友松は、各地の寺院の天井画や襖絵など多数の龍図を描いています。その名声は朝鮮半島まで届いていたようで、朝鮮の人が友松の描いた龍を求める手紙も残っているのだそう。元は中国で生まれ日本に渡った龍が、再び大陸へと逆輸入されるという面白いエピソードです。

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左:《井季卣(せいきゆう)》西周時代(紀元前10世紀)右:《鳳柱斝(ほうちゅうか)》商時代(紀元前11世紀) ともに泉屋博古館

そして鳳凰。鳥をモチーフとした作品や文様も、青銅器の時代からみることができます。鳳凰といえば、尾は長く広がり頭に飾り羽がある姿でイメージされますが、これは水鳥や孔雀の姿から連想されたものと言われているそうです。右の青銅器にあしらわれた鳥はなんだかひよこのようで可愛らしい印象を受けますね。
鳳凰はのちに南の守護神(朱雀)となったり仏教の思想と融合するなどして、今に伝えらえてきました。

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《百鳥図》伝辺文進 明時代(16世紀)京都・鹿苑寺

鳳凰のコーナーでのイチオシは「百鳥図」。中国・明時代に描かれたもので、鳳凰はもちろんのこと、色彩豊かなさまざまな鳥たちの姿が見ていて楽しい作品です。
中国では鳳凰はさまざまな鳥たちを束ねる鳥の王とされており、この絵はその通り鳥たちを引き連れた鳳凰が舞い降りた場面を描いています。よく見るとキジやオシドリなど見覚えのある鳥の姿も...。

この絵の中には鷹や鷲といった猛禽類は描かれておらず、どの鳥も二羽ずつ、つがいとなっています。これは描かれている鳥たちは文官を示しており、猛禽=武官に寄らない、戦争のない世界、「平和」の様子を表している、と考えられているそうです。
図録では描かれた鳥たちをピックアップして紹介されているので、併せて見るとより楽しめますよ。

この「百鳥図」は日本に伝わった後、日本で描かれた鳳凰図にも大きな影響を与えたといいます。併せて展示されている他の鳳凰図と見比べると、ポーズの取り方などにもどこか似たような雰囲気を感じます。

虎も龍も鳳凰も、何かしらの形で見覚えのある親しみのあるモチーフでしたが、生まれた当初の姿(中国青銅器)から変遷をたどると、作られた時代や国などにあわせて変化していくその様は、人のイメージの変化の歴史を見ているようで、とても興味深い内容でした。
同時に、遠く離れたところにあるように感じていた数千年前の人々の作った青銅器が、企画の意図の通り、自らのご先祖様のような少し近い存在に思えるようになりました。

なお、今回は展示の解説では書ききれなかったことも沢山あったそうで、作品解説だけでなくちょっとした読み物などもあわせて図録に収録されているとのこと。一度展示を見た後は、今度は図録を片手に見に行くとまた新たな発見がありそうです。

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なお、隣接の青銅器館では、「瑞獣伝来」展に登場したものと同じく、さまざまな瑞獣の文様が刻まれていたり、動物の姿かたちを模した青銅器が並んでいます。
テーマ展示も瑞獣伝来展に合わせた内容となっているので、こちらも併せて見るのがおすすめです!

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開館60周年記念特別展「瑞獣伝来―空想動物でめぐる東アジア三千年の旅」
 会期:2020/09/12-10/18

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