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【レポ】進撃の巨匠 竹内栖鳳と弟子たち(福田美術館)

2024/02/01

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福田美術館の2024年最初の展覧会は竹内栖鳳とその門下生の画家たちの特集。ちょうど2024年が栖鳳の生誕160周年に当たることを機に企画されたものです。

昨年も京都市京セラ美術館や京都国立近代美術館で竹内栖鳳や弟子たちの作品をピックアップした展示が行われていましたが、今回の福田美術館ではそれらに出品協力した作品の他、新出(初公開)作品も多数の、また違った内容が楽しめる展示になっています。

※本記事は取材時(2024年1月)の内容に基づきます。展示替のため、来場時期によって展示内容が異なる場合がございます。予めご了承ください。

京都画壇の源流からつながる竹内栖鳳

shingeki-seiho_repo(2).jpg「進撃の巨匠 竹内栖鳳と弟子たち」(福田美術館)展示風景|ギャラリー1

1階のギャラリー1は竹内栖鳳の作品を中心とした展示内容になっています。

展示室に入って左側には、栖鳳の作品とあわせ、師匠の幸野媒嶺や、円山応挙や呉春など京都で活躍した江戸時代の円山・四条派の作品が展示されています。
栖鳳の師・媒嶺は、円山・四条派の流れを汲む画家。そして派の祖である円山応挙は実物を見てスケッチを重ね作品に落とし込む「写生」を重視していました。ここに学んだ栖鳳もその画風と精神を受け継いでいます。並べて同時に見ることで、栖鳳の絵画の源流を感じられる構成です。

shingeki-seiho_repo(4).jpg竹内栖鳳《春郊放牛図》部分

栖鳳といえばやはり動物画。メインビジュアルにもなっている勇壮なライオンやトラはもちろんですが、今回登場している栖鳳作品のなかで最大の動物画のひとつ《春郊放牛図》も見どころ。
黒い大きな牛と周りを飛び回る小さな雀たちを対比的に描いた作品で、黒い牛を背景に小さな生き物を組み合わせる構図は、応挙の弟子・長沢芦雪の《白象黒牛図屏風》の左隻(大きな黒い牛と小さな白い子犬の組合せ)を思わせます。
実物の写生に基づいた栖鳳の絵は、今にも画面の中で動き出しそうな活き活きとした生命感に溢れています。雀は栖鳳が特に好んだモチーフのひとつで、小さな生き物に対する真摯なまなざしも感じられます。

shingeki-seiho_repo(5).jpg「進撃の巨匠 竹内栖鳳と弟子たち」(福田美術館)展示風景|ギャラリー1

他にも、勇壮なトラやライオン、優雅な鷺を描いたもの、風景画に人物画(栖鳳自身は人物画は他に比べて得意ではないと思っていたようですが...)など、様々な作品が登場しています。ユニークなものでは《鮎図》(上の写真右端)など、日常の中のちょっとしたモチーフにも美しさや面白さを見出す栖鳳のセンスが発揮された作品も。小料理屋の息子だった栖鳳自身のルーツも垣間見えます。

「新しい日本画」に邁進する個性豊かな弟子たち

shingeki-seiho_repo(6).jpg「進撃の巨匠 竹内栖鳳と弟子たち」(福田美術館)展示風景|ギャラリー2

2階のギャラリー2・パノラマギャラリーは、栖鳳の下で学んだ弟子たちの作品を中心に展示。主にギャラリー2は戦前、パノラマギャラリーは戦後に活躍した画家で大まかに分けられており、活躍時期の時系列順で構成されています。

ギャラリー2には、今回作品が展示されている栖鳳を含めた画家たちの似顔絵入りの相関図もあるほか、各作品は作家ごとにプロフィール紹介も添えられているので、予備知識がなくても作家ごとに作品がわかりやすくなっています。

shingeki-seiho_repo(8).jpg「進撃の巨匠 竹内栖鳳と弟子たち」(福田美術館)展示風景
上の写真は村上華岳の作品。

上村松園、西山翠章、小野竹喬、土田麦僊、村上華岳、などなど...連なる名前は豪華絢爛。同時にどの作品も画風は個性的で、師匠である栖鳳にそっくり!といったことはほとんどありません。

これには栖鳳の教育方針が大いに関係していました。
それまでは著名な画家が弟子をとって教える場合、自分や過去の同流派の画家の作品を模写させたり、その画風を型として受け継ぐことに重きが置かれていました。しかし栖鳳は、技術や写生を重視する精神的な面について教えましたが、個々の画風を縛ることはなく、むしろ自分の表現を伸ばすことを良しとしていたそうです。

shingeki-seiho_repo(9).jpg広田百豊《峠の富士》
鮮やかな青で描かれた富士山が目を引きます。

また、栖鳳の下に集った画家たちの中には表現だけでなく、変わったバックグラウンドを持つ人も参加していました。その一人として今回紹介されているのが広田百豊。この人は元々小学校の先生で、教頭・校長まで務めていましたが、35歳で職を辞し栖鳳に入門。その後文展で入選を果たしたという遅咲きの画家です。若いころから才能を発揮している弟子が多い中、年齢を重ねてから画家を目指す人も栖鳳は門下に受け入れていたのです。

shingeki-seiho_repo(7).jpg「進撃の巨匠 竹内栖鳳と弟子たち」(福田美術館)展示風景
作家ごとに作品が並んでいるので、それぞれの個性を見比べて楽しめます。
上の写真は土田麦僊の作品。

土田麦僊をはじめ栖鳳の弟子たちの一部は、旧態依然な文展(当時日本で最大最高とされた公募展)の評価・審査方針に異を唱え、自分達で新時代に相応しい日本画の公募展を作ろう!と絵画グループ「国画会」や「国展」を立ち上げます。
この時、栖鳳は弟子たちが批判した文展の審査員をつとめていました。師匠が審査している公募展に文句をいうなどけしからん!と怒られそうなところですが、栖鳳は弟子たちの行動を咎めることはしませんでした。むしろ、事前に相談を受けた際にはやってみなさい、と背中を押していたとか。新しい表現を求める弟子たちの意欲を栖鳳は応援していたのです。この姿勢が、栖鳳門下から多くの優れた画家たちが生まれていった所以のひとつなのかもしれません。

shingeki-seiho_repo(10).jpg「進撃の巨匠 竹内栖鳳と弟子たち」(福田美術館)展示風景|パノラマギャラリー
写真は池田遙邨の作品。遙邨は元々洋画を描いていましたが、栖鳳門下に入り日本画家に転向しました。
手前は晩年の代表作「山頭火シリーズ」のひとつで、自由律の俳人・種田山頭火の句をモチーフにしたもの。

20240117_135527.jpg「進撃の巨匠 竹内栖鳳と弟子たち」(福田美術館)展示風景|パノラマギャラリー
福田平八郎が竹内栖鳳へ宛てた手紙(パネル展示)

パノラマギャラリーには、弟子の一人・福田平八郎が晩年の栖鳳に絵画指導のお礼状として書き送った手紙を紹介するパネルも。晩年まで栖鳳が弟子と交流を持ち、活動支援を続けていた様子がうかがえます。

昨年各所で行われた竹内栖鳳展でも登場していた作品も含まれているので、「見逃した!」「もう一度見たい!」という方にもおすすめ。もちろん新出作品も多く「こんな作品もあったのか」「こんな画家もお弟子さんにいたのか」と発見もあり、新鮮な気持ちで楽しめる内容でした。

開催は4月7日まで。

進撃の巨匠 竹内栖鳳と弟子たち(福田美術館)

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