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【レポ】ニューヨークが生んだ伝説の写真家 永遠のソール・ライター(美術館「えき」KYOTO)

2021/03/05

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美術館「えき」KYOTOで開催の「ニューヨークが生んだ伝説の写真家 永遠のソール・ライター」展を取材させていただきました。このレポートでは、展示の様子をご紹介いたします。
※掲載写真は全て2月開催の内覧会時に許可を得て撮影したものです。


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ソール・ライターは、アメリカの写真家です。1950年代からニューヨークを拠点に、主にファッション雑誌の広告写真で活躍していましたが、1981年に突然商業写真の舞台から姿を消し、いわば幻の存在となっていました。
しかし、後に撮り貯めていたカラー写真をまとめた初の写真集『Early Color』が2006年に発売されると、その独特の色彩感覚や大胆な構図が大きな反響を呼び、各国で次々に展覧会が開催されるようになり、彼は80歳を超えて世界的写真家として名を馳せることになりました。ソール自身は2013年に他界しましたが、「カラー写真のパイオニア」と呼ばれたその個性と才能は、現在も多くの人を魅了しています。

ソール・ライターの展覧会は日本では2017年に東京と伊丹で開催され、その際の好評を受けて今回の展示が企画されました。展示作品は、ソールの没後、彼のアシスタントが中心となって作品を管理しているソール・ライター財団の協力の下、調査により新たに発見されたもので構成されています。(没後アトリエに残されていた作品はあまりに膨大なため、まだ未整理・未発表のものが大量にあるそうです)

なお、当初は京都展は2020年に開催予定でしたが、新型コロナウイルス感染症の影響も有り一度中止に。しかし、諸般の事情で展示予定だった作品がアメリカに返却されず日本で保管され続けていたこと、そしてスタッフや関係者の皆さんの努力、ソール・ライター財団の快諾もあり、一年を経ての改めての開催となりました。


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展覧会は、ソールがカメラに触れ始めた頃から撮影していたモノクロームにはじまり、ファッション写真時代、そして一躍注目を集めたカラー写真、自分、妹やパートナーを写したポートレートで構成されています。会場のあちこちに散りばめられたソールの印象的な言葉も目を引きます。

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ソール・ライターは元々カメラマンではなく画家を志望していたそう。厳格なユダヤ教のラビ(宗教指導者)を父にもちながら、早くから芸術の分野に関心を持って育ちました。父の後を継ぐ道を捨て、故郷を離れてニューヨークに移ったのも、画家を目指してのことだったそうです。その際、カメラが生活の手段となることに気づき、写真家としての活動を始めます。

そのような背景からでしょうか。彼の写真はどこか「絵画」を見ているような感覚を起こさせます。

離れた場所から覗き見るかのような被写体との距離感、ガラスや鏡などを利用していくつもの時間やモチーフが重なりあっているような表現がソールの作品の特徴です。

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濡れたガラス越しに街の風景を撮影した写真は、滲んだ水彩画のようになっていたり、逆に凸凹が生まれて絵具を盛り上げた油彩画のような、筆のタッチを残しているかのように見えます。

窓や鏡や水たまりなどの映り込みを使った作品は、色々な時間や世界が写真の中に存在しているようで、まるでコラージュやキュビスムの絵画のようです。

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敢えて被写体の前に柱など別の物を写り込ませたり、隙間から向う側を覗きみるような構図は、浮世絵にも似ています。ソールは元々印象派の絵に傾倒していたそうで、その影響から日本の浮世絵や俵屋宗達など琳派の美術にも興味を持っており、彼のアトリエには日本美術の資料も多数残されていたそうです。

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こちらは「赤い傘」を持った人をメインにした作品ですが、三つ並ぶと日本画の三幅対を見ているような感覚になりました。

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展示室の中には、ソールのアトリエの様子を再現したコーナーや、ソール、そしてパートナーのソームズによる絵画作品も展示されており、画家としてのソールの側面を垣間見ることができます。

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こちらはコンタクトシート。ネガを直接印画紙に焼き付けて写真のリストのようにしたもので、「ベタ焼き」とも呼ばれます。フィルムカメラはデジタルカメラのように撮った写真をその場で確認できないため、大きくプリントする写真を選ぶ際に用いるものですが、ソール・ライターがどのような視点で被写体を選び、どんなタイミングでシャッターを切っていたのか、まなざしが伝わってきます。

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また、展示品には撮影した写真の一部を名刺ほどの大きさにちぎったり切り取ったものがあります。ソールはこれを「スニペット」と呼び、大量に箱に保管していたそうです。恋人や家族、知人、街の風景、猫など被写体は様々。見ていると、まるでソールの人生を彩った沢山の欠片に触れさせてもらっているような感覚になりました。

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ソールの妹・デボラ。カメラを触り始めたばかりのころのソールにとって最初のモデルでした。彼女を写した作品で、既に映り込みやのぞき見構図などが見られ、ソールが早いうちから自分の撮り方を考えている様子が見られます。
繊細な性格だったデボラは20歳前半で精神病を患って入院し、亡くなるまで病院で過ごしていたといいます。それでもソールは妹の写真を生涯大切に手元に置いていました。
展示されている写真のデボラは、どれも可愛らしい、年頃の少女らしい表情です。

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ソールの長年のパートナー、ソームズ。元々モデルとカメラマンとして知り合い、互いに最大の理解者として公私ともに人生を分かち合いました。ソールの映したソームズの姿はとても自然で、どれも活き活きした表情が印象的。彼女を見つめるソールの愛情が伝わってくるようです。

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ソールは商業写真家として大成することは望まず、1980年代に仕事から身を引いて以降は、日々淡々と絵を描き、街に出かけては写真を撮る、静かな生活を亡くなるその時まで変わらずに続けていたそうです。ソールを一躍時の人にするきっかけになった1940~50年代のカラー写真も、日々撮り貯めた写真の一部でした。

ソールは写真について「あらかじめ計画して何かを撮ろうとした覚えはない」「魅力的なもの、興味深いもの、さらに美しいものを見つけると写真を撮る。良い写真もあれば大した写真でないこともある」と語っています。
写真は彼にとって、大勢の人に見せる「作品」ではなく、日々の日記やスケッチブックのような、その日その時に感じた日常の中の煌めきを残しておく、本当に生活の一部のような存在だったのかもしれません。

京都展で展示の注目のひとつが、カラースライド作品の展示です。撮影当時はカラー写真のプリント技術も未発達で、経費が大変かかったこともあり、ソールは多くの写真を現像しないまま、カラースライド(ポジフィルム)の状態で映写機で個人的に楽しむといった形で手元に置いていました。今回はデジタル映像で映写機の雰囲気を再現する形で、カラースライド作品が初公開されています。現像した写真とはまた違った、光に透かされた独特の雰囲気が味わえます。

20210212_145120.jpg作品:ソール・ライター財団蔵 ©Saul Leiter Foundation

ソール・ライターの写真には仰々しいものはありません。華やかでセンセーショナルな、劇的な場面を写したわけでもありません。でもどれも、どこか懐かしくて味わい深い、変わらぬ「ごく普通の日々」の中にある、世界の美しさや煌めきを感じるものばかりです。そのまなざしが見る者にも伝わってくるからこそ、今も多くの人を魅了するのかもしれません。

■「ニューヨークが生んだ伝説の写真家 永遠のソール・ライター」(美術館「えき」KYOTO) 展覧会は3月28日(日)まで。

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