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showcase #7 -curated by minoru shimizu “写真とスキャン"

2018/05/11 ~ 2018/06/10


【eN arts】

eN arts

2012年から開催されている、写真評論家・清水穣氏のキュレーションによる現代若手写真家の作品で構成したグループ写真展です。シリーズ7回目となる今回は、澤田華・滝沢広の2名の作品をご紹介します。

テーマは「写真とスキャン」。日常生活において普通に見聞きするありきたりな単語です。
キュレーターの清水氏は、アナログとデジタルという問題設定における「写真」と「スキャン」の対比を指摘します。

ここでいう写真の視覚とは「像」による視覚のことです。レンズに密着しては像ができませんから、像は必ず何かしらの空間性を要求します。物体から出た光を、レンズ(誰でもない者の視点)を通して1枚の面上(レイヤー)で結像させ、その像を光化学的手段で定着したものが写真です。写真を「見る」人は、レンズの位置に眼を代入して、その「像」を知覚する。誰でもない者の見た「像」と、誰かが見る「像」の落差から、「かつて」と「いま」という時差が発生し、現実や意識は分裂して二重化します。この分裂が写真的視覚の特徴です。これに対してスキャニングは、原理的に「像」による視覚ではありません。それは空間的な結像ではなくて、距離を超越した密着的・触覚的な被写体情報の感受です。二次元画像を出力するとしても、その画像の単位はもはや投影面(レイヤー)ではなく線(ないし点=ピクセル)であり、そこには投影の空間が入っていません。つまり真空パックの画像と言えるでしょう。
真空パックの画像、jpgやgifで出来た映像世界で、「デジタル・ネイティヴ」な現代の作家たちはどのように「豊かな眼」を実現するのでしょうか? 不可逆的な全面的デジタル化のなかで「写真」と「スキャン」はどのように関わり合うでしょうか?


清水氏の解釈するところによる「写真」とスキャンが、澤田・滝沢両氏の作品においてどのように関わり合っているのか、ぜひご高覧下さい。
 

澤田華

1990年生まれ。2017年度キヤノン写真新世紀優秀賞(Sandra Phillips選)。
インターネットで出会う画像はすべてスキャンされた画像、真空パック画像です。ここで澤田は、写真とは「かつて存在した何か」の写真であるというあの時差につけこみ、真空パックを切開し、現在可能なデジタル的手法を駆使して、ぺちゃんこになった画像を三次元に復元することで、「かつて存在した」時間へと遡行しようとします。しかし「かつて存在した何か」を作者自身も信じているわけではないのです。全体は懐疑的な遊戯性に満ちており、むしろ「かつて存在した何か」から完全に切れてしまった現在の画像のあり方を浮かび上がらせます。
 

滝沢広

1983年生まれ。2011年度キヤノン写真新世紀佳作受賞(清水穣選)。
2013年のshowcase #2以来、内外で活発に活動を続けており、5年ぶりの再登場となります。画像を載せているレイヤー自体は非物質的です。だからアナログ世界では画像は結局は紙やフィルムという物体として存在するほかはありません。滝沢は、「写真」のこの結果としての物質性と、「スキャン」の原理的な非レイヤー性を重ね、いわば真空パック画像に空気を入れるのです。凸凹した存在する世界をハンドスキャナーで強引に手動でスキャンするので、画像一面にノイズが現れます。またその出力を写真に撮り、それをシートに印刷しあえて皺を寄せてマウントします。ノイズや皺は制作行為の痕跡であり、つまり作者の生きた(ライヴの)時間や身体の痕跡となります。

 


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