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鳥辺野(とりべの)を歩く...歴史と文学と...

投稿:2016年6月10日

鳥辺野とは、平安時代からの京都の葬送の地。
北部は(現在の五条通周辺地域)は、町衆の葬送の地。五条通りって、清水寺や清水焼で有名なところ、あたり。東山区にあります。南部は、貴族・皇族の葬送の地…だった。
丘陵部や谷地形の急峻な地形条件が、風葬地に適していた…当時は鳥葬、風葬に近い形だったそうです。

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京都市の区分け地図

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東山区 拡大図 鳥辺野はおおざっぱです

国道1号線沿いに、東山区の高台へ歩きます。 清閑寺(せいかんじ)です。
かなり高いところにあるので、京都市を眺める景色がきれい。遠くに京都タワーが見えます。緑に包まれた人のいない小さなお寺。

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清閑寺には、高倉天皇と六条天皇(叔父と甥)の御陵がある。ここには複雑な父子関係がある。

大河「清盛」で松田翔太さんが演じていた、後白河法皇。この方の長男が二条天皇。この息子とパパ後白河の関係はドラマになりそうな、対立する親子。パパが若いときの子どもで、二条君はパパとは離れて育ったことも関係しているのかな?

父に反発する二条君はパパの院政を止めてしまった。しかし若くして亡くなり、慌てて一歳ぐらいの息子、六条君を次の天皇にした。しかしすぐに、後白河・清盛組はタッグを組んで、二条君の弟で、清盛の義妹を母とする高倉君を皇太子にして、幼い六条君はすぐに退位させられた。六条君は誰からも忘れられ中学生ぐらいの年で、ひっそりと世をさった。
それからは…高倉君の奥さんは清盛の娘、建礼門院。高倉君も20代の若さで亡くなった。
息子や孫も政治の駒…怖いパパとグランパたちだねえ。

それから高倉君の愛人、小督の局がこの寺で出家し、墓もあるが…これは?だそうです。

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そしてこのお寺は、実は紅葉の隠れた名所、穴場です。

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秋の紅葉のころの清閑寺…パンフレットです。
秋に行ってみよう
そして高いところにあるので、夏も涼しい…


次は定子(ていし)陵。
清少納言の「枕草子」に、輝く宮様として永遠にその姿をとどめている、一条天皇の中宮・藤原定子さんのお墓。清少納言が最後まで賛美した女性。

関白の娘で最高のセレブだったけど、父親の病死により一家は没落。権力者となった叔父藤原道長の娘が、一条天皇のもとへお嫁入り。中宮が二人という異例事態。
それでも一条天皇は三才ほど年上の美人で才知溢れる奥さんを、終生愛し続ける。天皇にとって結婚は政治、後見のない奥さんを愛してはいけないのだ。四面楚歌の中、二人は愛し合い、定子さんは3人目の子どもの出産で、二十四才で儚くなる。

遺言は火葬にではなく土葬にというもの。それで、鳥辺野に土葬された。
藤原氏の男女は、道長以下ここで荼毘に付されたあと遺骨は宇治市の木幡(藤原氏のお墓はここにある)に運ばれ埋納されている

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泉涌寺の近くの道をかなり登ったところに、定子さんの御霊はあります。円墳だそうですが、一般の人は見られません。(絶対ここが墓…という保証はないそうですが)

一条天皇と定子さんは、「源氏物語・桐壺」のモデルとなった…そういう説もある。

一条天皇(彼、なかなかの青年だったみたい)と、定子さん、現代で自由に生きさせてあげたいね。
でも道長の娘、彰子さんも人形妻から、一条天皇を本当に愛する大人の女性に成長したそう。

それぞれの人にそれぞれの人生、深い想いあり…

一条天皇も32才で亡くなるけど、辞世の歌は…
「露の身の 草の宿りに 君を置きて 塵を出でいる ことをこそ思え」
(人という露のようなはかない身の住処である、草のよう にはかない俗世にあなたを置き去りにして、私は一人俗界を離れてしまった。それが気がかりでならない)

君とは、亡くなった皇后、定子か?今の中宮、彰子か?

定子の残した辞世の歌は…草葉の露を…という言葉がある。彼女は露となりこの世にとどまり…?
ここから、君は定子だという説も、平安時代からあったらしい。

でも彰子さんは、自分だと思ったそう…定子の死後、いろいろあって、やっと支え合う夫婦になっていたそうだから…
今も議論は別れるそうです。

 



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