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京都MUSEUM紀行。第八回【幕末維新ミュージアム 霊山歴史館】

京都ミュージアム紀行 Vol.8 幕末維新ミュージアム 霊山歴史館

歴史館向かいに建つ京都霊山護国神社。
現在は維新志士たちを偲んで毎年多くの人が参拝に訪れています。夏には御霊祭、秋には例大祭を行っているほか、坂本龍馬の命日である11月15日には毎年「龍馬祭」が開催されています。

京都東山、高台寺よりもう少し山側へと上ったところに「京都霊山護国神社」という神社があります。明治維新の際に命を落とした数多くの志士たちの霊を祀る神社で、境内横からは坂本龍馬や中岡慎太郎をはじめとした300人以上の人々の墓碑が並ぶ山へ向かうことができます。

その神社に向かい合う形で建っているのが、今回ご紹介する幕末・明治維新を専門にした総合歴史博物館「霊山歴史館」です。

日本の近代化の礎となった人々の生き様を伝える― 歴史館を生んだ創設者・松下幸之助の思い

館内にある歴史館創設者・松下幸之助氏の銅像。

歴史館入口。館名を書いた立派な看板は松下幸之助氏揮毫です。

実は、霊山歴史館の創設者はあの松下電器(現・パナソニック)の創業者、松下幸之助氏であることはご存知でしょうか。

歴史館が生まれるきっかけとなったのは、向かいの京都霊山護国神社の境内に建つ志士たちの墓でした。明治元年、国づくりに奔走した人々のために明治天皇の命を受けて志士たちの墓が建てられました。しかし、戦後の高度経済成長の中で人々の記憶からは薄れていき、昭和30年代には一帯はすっかり荒れてしまっていたそうです。

それを知った松下氏は、「明治維新の時代に生きた人々は、日本の近代化の基礎を築いた人々である。そんな人々の墓が荒れていることは嘆かわしい」と心を痛めました。そこで関西の財界人にも呼びかけ、明治維新から100年の節目の年であった昭和43年(1968)に霊山顕彰会(現・公益財団法人)を立ち上げ、墓地の復興事業を行いました。同時に、松下氏は神社に祀られている人々が実際はどのように生き、行動したかを伝えていく場が必要であるとも考えました。
その意志の元に昭和45年(1970)霊山歴史館は誕生したのです。

現在では大河ドラマや歴史の特集番組など幕末・明治をテーマにした番組や映画が放映される際には、制作協力も積極的に行われています。また、関係者や出演者が事前に訪れることも多く、幕末維新専門の歴史博物館として広く知られています。

幕末・明治維新の中心舞台、京都ならでは。豊富な歴史資料と公平な歴史への視点。

エントランスホール。格好いい映像展示が早速迎え入れてくれます。手前の展示はペリーの黒船来航を解説したもので、実はペリーが大西洋~アフリカ~インド…と大航海の旅を経て日本にやってきたことがわかります。

ホール全体を見下ろすように掲げられた、平野国臣(福岡出身の維新志士)の辞世の漢詩。「生野の変」の際に捕まり、処刑されることになった際に詠まれたものです。まさに志士の心意気をあらわしたような一文です。
「国を憂いて奔走すること十年、東西に駆けずりまわったが、成功も失敗も天が決めることであり、結果 失敗して身も心も地に帰すことになった。」

霊山歴史館の収蔵資料は5,000点以上にのぼります。その中には坂本龍馬や中岡慎太郎、木戸孝允(桂小五郎)、高杉晋作、西郷隆盛といった倒幕側の志士たちの遺品をはじめ、近藤勇や土方歳三ら新選組、江戸幕府最後の将軍である徳川慶喜など幕府側に関する資料も多数含まれています。この倒幕側・幕府側双方の資料が揃っているところは、霊山歴史館の大きな特徴のひとつです。

幕末の歴史を取り扱っている施設は全国に数多くありますが、地域によってその内容が大きく異なってしまうのだそうです。山口(長州)や鹿児島(薩摩)など倒幕の志士の出身地なら倒幕派寄り、会津など佐幕派の多かった地域では佐幕派寄りと、各地域の立場によって資料の集まり具合に差が出てしまうためです。

その点において京都では佐幕派・倒幕派双方の人々が活動を行っていました。そのためどちらに関する資料も多く残されています。また、京都にはほかの地域ではなかなか得ることのできない天皇や公家に関する資料も数多く残されており、霊山歴史館の収蔵資料にも含まれています。「幕末から明治にかけて、京都は日本の政治、そして歴史の中心地でした。双方の立場の資料を集めやすく、かつどちらにも公平に調査や展示が行えるのは、京都の施設ならではの特徴だと思います」と、当日ご案内をして下さった、学芸員の木村武仁さんは仰っていました。
現在では幕末・明治維新に関する資料が新たに発見されると、京都だけでなく全国から霊山歴史館へ持ち込まれるということも多いそうです。

霊山歴史館の展覧会ではこのように集められた数多くの資料の中から、毎回テーマに合わせて約100点が公開されています。(龍馬暗殺の際に使用された刀など、入れ替えのない常設展示となっている資料もあります)

展示品をピックアップ!

上の短い方が龍馬を斬った刀。下の長い刀は龍馬を襲った際に桂早之助があわせて身に着けていたものです。龍馬を斬った刃の刃こぼれ具合が比較するとよくわかります。

龍馬を斬った刀

坂本龍馬が暗殺された際に使用された刀(現物)。室内での戦闘となることが予見されていたため、長い刀ではなく小回りのきく脇差(短めの腰刀)が使われたのだそうです。龍馬がとっさに自分の刀で身を守ったのを、そのまま押し斬りにしたため、ひどく刃こぼれしています。錆付いているのは、刀を用いた武士(京都見廻組の桂早之助)が血のついた刀を自分の家に置いたあと、手入れをすることなくそのまま鳥羽伏見の戦いに参戦して戦死してしまい、そのままになってしまったためだそうです。

「池田屋事件」模型:新選組の隊士で、実際に現場で戦闘に加わっていた永倉新八が書き残した資料を基に再現したもの。場面としては戦闘が始まり暫くしてから、別部隊が応援に駆けつけた時の様子をあらわしています。

「近江屋事件」模型:坂本龍馬が暗殺された「近江屋」は実は宿ではなくて醤油屋さんでした。そのためたくさんの醤油樽が置かれているのもきちんと再現されています。龍馬が襲われた部屋は屋根が斜めになっている部分で、かなり天井が低く狭かった様子がわかります。当時部屋にあった屏風や掛け軸も細密に再現されています。

模型コーナー

新選組が活躍した「池田屋事件」や坂本龍馬が暗殺された「近江屋事件」の様子を当時の人の証言や資料などを元に細密に再現した模型。現場の建物の様子やどこに誰がいたのかなどもリアルに再現されています。文字や説明だけではわかりにくいことも、一目で理解することができます。

大画面の映像コーナー

大型のプラズマテレビなどを用いた映像展示コーナーも設けられています。2011年のリニューアルでは3D映像シアターも導入されました。大人も子供も夢中になって、アトラクション気分で楽しめます。映像の内容は「鳥羽伏見の戦い」や「池田屋事件」「近江屋事件」といった有名な出来事を扱ったもののほか、随時新しいものを追加で制作されているそうです。小さなお子さんにもわかりやすく内容を簡略化した、電子紙芝居などもあります。

2011年から導入された3Dシアター。

映像はハイクオリティ!あのNHKも制作に関わっているそうです。

電子紙芝居コーナー。漫画や写真でわかりやすく歴史や人物を解説してくれます。

体験コーナー

展示の中には、鳥羽伏見の戦いなどでも用いられた本物の鉄砲や、大砲の弾などに実際に触れられる体験コーナーもあります。鉄砲はひとつ5kg近くあり、片手ではとても持ち上げられません。昔の人はこんなものを使っていたのかという驚きと共に、歴史がよりリアルなものに感じられます。

新選組の近藤勇らが用いていた「天然理心流」の木刀と一般的な木刀。大きさも太さもまるで違います。

鳥羽伏見の戦いで使用された鉄砲(真ん中)と砲弾(右)はすべて本物です。砲弾は幕府軍は丸いもの、官軍は先端のとがったもの(西洋からの輸入品)を使用していましたが、性能は段違いでした。

新選組の局長・近藤勇直筆の詩書。近年新たに発見された資料です。展覧会ではしばしば、新発見資料のお披露目も行われています。

等身大パネル

館内では随所に歴史人物の等身大の写真パネルが設置されています。
当時の日本人は155cm程度の背丈が平均だったそうで、現在の私たちに比べてとても小柄な方が多いことに驚かされます。徳川慶喜で約150cm、当時ではかなりの大男だったという坂本龍馬でも約172cmです。
館内で見かけた際には、ぜひ横に立って自分の背丈と比べてみてください。

日展作家の江里敏明氏による坂本龍馬と沖田総司の像。龍馬の像は全国各地にありますが座像は霊山歴史館だけです。ちなみに京都ホテルオークラ近くの桂小五郎像なども江里氏の作品。

とてもリアルな坂本龍馬の等身大人形。
まるで生きているかのような迫力です。

新選組の隊士たちが実際に身につけていた袖章。

未来の日本を担う人々へ、歴史からのメッセージをわかりやすく伝えたい。開館時から続く霊山歴史館の理念。

歴史系の博物館の展示と聞くと、難しそうな文字資料などがたくさん並んでいる光景を想像する方もいるかもしれません。しかし、霊山歴史館では資料に添えられた解説文は歴史にさほど詳しくない方にもわかりやすい文章で書かれており、また文字資料だけでなく絵画資料も多く展示されています。文字資料と共にカラフルな錦絵(大判の浮世絵のこと。幕末は特に時事や世俗を題材にしたものがよく描かれた)を一緒に並べるなど、見ていて飽きのこないように工夫されているそうです。ほかにも模型や映像なども充実しており、誰でも楽しみながら歴史を学ぶことができるようになっています。

木村さんによれば、「展示に関しては、特に“視覚”を重視しています。手紙などの文字資料は、そのままでは読みにくいものも多いですし、歴史に詳しくない方や、若い方、お子さんには難しいと思います。しかし、模型や映像などの視覚から訴えるものでしたら、そんな方でもより入り込みやすいと思います」とのことでした。
歴史に詳しくない方や若い方にもわかりやすい展示を、というこの心がけは、霊山歴史館開館時から大切にされてきたコンセプトなのだそうです。
「幕末~明治維新期に活躍した人のほとんどは、10~30代の若者たちでした。自分と同じくらいの年の人が、命を賭して国や社会を変えようと行動していた、そのことを若い人たちに知ってもらいたい。それが霊山歴史館の理念であり、松下幸之助の理念なんですよ」と木村さんは仰っていました。
歴史館の入口横に設置されている石碑には、開館にあたっての松下氏の理念を示す言葉が刻まれています。

『 近代日本を開化せしめた維新の志士の尊い精神を学びこの国の歴史と伝統に立ってあすの日本を考えるために心をこめて若き人びとにおくる 』

過去の人々の生き様や日本のあゆみを振り返ると同時に、現在、そして未来の日本を考える。この松下氏、そして霊山歴史館の理念は、私たちが「歴史」を学ぶことの根本的な意味を示しているのかもしれません。

最後に、木村さんはこのように仰っていました。
「もともと歴史が好きな人ももちろんですが、まだそこまで興味がないという人にもぜひ足を伸ばしていただきたいと思っています。今興味がないという方はこれから歴史を好きになってくれる方かもしれませんから。歴史館を訪れたことが歴史を好きになるきっかけになる、そんな展示をしていきたいですね」

実際、霊山歴史館の入館者は年齢層も幅広く、若い女性、学生さんや親子連れの姿も目に付きます。普段はなかなか博物館には行かないという方も歴史館には多くいらっしゃるのだそうです。展示の工夫と努力、そして歴史館の理念は、確実に実を結んでいます。

来年2013年度は、大河ドラマでも幕末・明治維新の時代が舞台となります。この機会に、歴史好きな人も、難しそうと敬遠気味だった人も、ぜひ一度霊山歴史館に足を運んでみてはいかがでしょうか。より歴史が身近に感じられるようになること、請け合いです。
(ご案内を頂いた木村武仁様、まことにありがとうございました。この場を借りて御礼を申し上げます)

幕末維新ミュージアム 霊山歴史館

所在地

〒605-0861
京都市東山区清閑寺霊山町1

時間

10:00~16:30
(特別展時は~17:30/入館は30分前まで)

休館日

月曜日(祝日の場合は開館、翌日休館)
※時期により例外や変更される場合がございます。

お問い合わせ

電話番号: 075-531-3773

FAX番号: 075-531-3774

公式サイト

http://www.ryozen-museum.or.jp/

■料金

【特別展・企画展】
大人:700円(団体600円)
高校生:400円(300円)
小・中学生:300円(200円)
※団体は20名以上
※霊山歴史館友の会会員の方は入館料無料です(要会員証提示)。
また、会員の同伴者は団体料金でご入館いただけます。

■交通のご案内

【JR・近鉄・地下鉄】
「京都」駅より
*市バス206系統にて「清水道」または「東山安井」下車
*市バス100系統にて「清水道」下車
徒歩約7分

【京阪電車】
*「祇園四条」駅より
市バス207系統にて「東山安井」または「清水道」下車、徒歩約7分
または徒歩で東へ約20分

【阪急電車】
*「河原町」駅から
市バス207系統にて「東山安井」または「清水道」下車、徒歩約7分
または徒歩で東へ約25分




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