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アートを支えるひとたちのことば。

今回は、Anntenna Mediaのディレクター・小島 健史さんにお話をお伺いしました。

2012年に開催された京都藝術や、ART KYOTOなどのアートイベントに携わり、第一線でばりばりと働いていらっしゃるイメージの小島さん。しかし、大学生の頃は、特別「アート」に関わりがあったわけではないそうです。
一体、どうやっていまのお仕事につながっていったのか。小島さんの原動力はなんなのか。
そんなことをじっくりお聞きできるインタビューとなりました!ぜひごゆっくりとお楽しみください。

人との出会いとつながりが生んだアートとの関わり 

―― まずは、これまでの活動についてお伺いしたいと思います。
 小島さんがアートにかかわるようになったきっかけは何だったのでしょうか。

発端は人生で初めて、舞台に関わったことからですかね。「燦々」という三人舞台の演劇でした。

舞台「燦々」当時は就職活動が不況の時期で、自分も何社か受けはしましたが状況はあまり良くありませんでした。そんな時に行った舞台だったので、就職活動で内にこもりがちだった分、これをきっかけに何かが自分のなかで開ける気がしたんです。実際、舞台のおかげで急いで就職という結果を求めず、「この先の自分をゆっくり考えてみよう」という気になれたように思います。

その時舞台の制作スタッフとして携わっておられたアートライターさんにその後とてもお世話になり、アート関連の色々なところに連れて行っていただいていました。そうした中で、アート業界の第一線でご活躍される方をご紹介いただき、お話させていただくうちにアートイベント「ART KYOTO」(2012)のお手伝いをさせていただくことになったんです。

――ART KYOTOは「京都で遊ぼうART」でも取材をさせて頂きました。あの場に小島さんもおられたのですね。

もしかしたらすれ違っていたかもしれませんね(笑)
今、僕は京都のNPO法人 Antenna Media に所属をしているのですが、今のメンバーと出会ったのも「ART KYOTO」がきっかけでした。Antenna MediaのメンバーでもあるアーティストグループのAntennaが「ART KYOTO」京都藝術2013に出展していて、その際に顔見知りになったんです。
そして昨年秋に「Antenna Media」が実行委員会に名を連ねる広域アートイベント「京都藝術」の2回目を開催することになった際に、ART KYOTOで会った僕に声をかけよう、と話し合いの場で僕の名前を出していただいていたそうなんです。そんな流れでスタッフの一人として参加させていただきました。

―― ひとと出会って繋がって。それが連続して、今の小島さんの活動を形作っているのですね。


本当にそうですね。すべてが人との出会いと繋がりから始まっているように思います。出会った人に誘っていただいて、またそこから…という感じで、活動の幅が広がっていったように思います。

――それ以前に何かアートや芸術に関わる活動は行われていたのですか。

いえ、全く。アートイベントに携わる機会を得る以前は、アートとは全く無縁の状態でした。

ただ、学生の頃は「HOX」という団体を立ち上げていました。「友達まわりで『表現』について深く考えてみよう」ということを主目的にしていて、主にワークショップなどを通じて、普段一人でやらないこと、できないことをやってみるという趣旨の団体でした。イベントや人と一緒に何かをする、という活動には以前から関心を持っていましたね。
実は、大学に入学した頃は、プロを目指したいって思ってバンド活動をしていたんです。何かを自分ですること、表現することには興味があったんです。でも、バンド活動が一旦終わりを迎えてしまって、就職活動など他のことで忙しくなってしまった大学卒業間近の頃は、「自分が表現者」になることは半ばあきらめ気味になっていました。自分の気持ちが一番揺らいでいた時期だったとおもいます。そんな時に出会ったのがアートや芸術分野だったんです。

HOX主催ワークショップ『夏の芸術会議 ~

―― もともと作ること、表現することに対する思いがあったのですね。まだご自分でも何かクリエイトしたい、作ってみたい、というお気持ちは。

そうですね。何かを作り出したいという気持ちは今も変わりませんし、直接作品を生み出すのでなくても「作り手」の気持ちは忘れたくないと思っています。僕は今発表をお手伝いする側の立場にいて、作り手ではないその立場にいなければわからないこともあります。でも、まずは作家がおもしろいとおもってることを、一緒に共感できる人でいたい。そしてよりおもしろく実現するために作家をサポートする。そんな風に互いに受け渡しができればいい、とは思ってますね。だから、自分でものをつくるということはやめたくない。かといって、ちゃんとつくれているか?というと自分でもわからないんですが(笑)

―― 作品などはもちろんですが、イベントなどもある種、形のないものを「つくる」といえるのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。

僕の中では、作品とイベントは割と分けて考えているんです。イベントをつくるって1.5次創作とでも言えるんじゃないかな、と思っていて。
例えば、イベントのコンセプトを作る、となると1次創作だと思うのですが、展覧会というのは作家さんがいて、その作品があって、初めて成り立つものですよね。展覧会を企画する「キュレーション」って、あくまで作家ありきのものであって、自分ひとりでゼロから生み出すものではないんです。だから「自分が作った」だなんてちょっと言えないですよね。あくまで、僕は裏方の立場なので。心の底ではそういう思いはあるかもしれませんが(笑)

 

理想のキュレーター像-----
作品をより良いものにするために、一緒に考えていける人。AM外観写真.jpg

―― なるほど。その裏方の立場にも、ディレクター、プロデューサー、キュレーターとさまざまなお仕事があるように思いますが、小島さんはどのように考えていらっしゃしますか。

自分の中では『プロデューサー』と『キュレーター』っていう言葉を線引きしてるんです。1次創作と、1.5次創作の違いも、そこにあると思っています。
僕の中で言う『プロデューサー』というのは…例えば、ここに絵があったとして「何故ここ白くしたの?青にしたら?」と言う役割の人だと思うんですよ。CMやPVが特定のものの販売や宣伝を目的としているように確固たる方針がある場合は方向がずれないように作り手に指示を出す必要があるでしょう。でも例えば作家と共に個展をつくるという時なら僕はそういう立場ではないと考えています。

もちろん僕の意見を伝えて、相談するときもあります。しかし、そういう場合は概ね、作家の『伝えたいこと』を僕なりに解釈して、作品の現状がそれに対してベストではないと感じたときだと思います。作品の前提である『表現』に共感して、それをどう伝えられるかを、上から目線じゃなくて、一緒に考えていける人が、僕の思う「キュレーター」像なんです。

だからこそそういうものづくりのための作家とキュレーターの関係って、信頼あってのものですし、ちゃんと波長が合ってないとお互いに作品に対して真剣になれないのではないかと思うんです。

作家に「こいつのいうことならまあやってもいいかな」と思ってもらえるような関係性が大切で、お互いが尊重し合って、はじめて良い作品ができあがると思うんです。それで結果として「お前とやれてよかった」と作家が言ってくれたら、本当に嬉しい。作家がいてこそ始まる共同作業ですし、僕自身が作品に手を加えるわけではない。だから、僕はキュレーションや企画したものを「つくった」とは言えないんです(笑)

―― 作家の作り出すものをより高めるサポーターとしてのキュレーターですね。小島さん自身はその肩書きで活動されているのですか?

いちおう、Antenna Mediaでは「ディレクター」として活動しています。といっても、「Antenna Mediaのディレクター」ではなく、「Antenna Media所属の、ディレクションをしている人」という位置づけなのですが(笑)

以前は「なにがしたいの?」って周りの大人からずっと言われ続けていました。特にお仕事をさせていただくようになって1年半くらいは、ずっと怒られてましたね。

そのとき悩んでたのが、まさに「肩書き」。何かのプロフェッショナルにならなければ、この業界では生きていけない、と言われている気がしました。
でも、僕としては今はそういう時代じゃないと思うんです。一つの分野だけじゃなくて、色々なことをやりたいという人が活躍する時代になるのではないかって。


Antenna Mediaでの「ディレクター」という肩書きも、メンバーと相談の上で決めたのですが、その時に「君は色々なことをやる人だから、「アートディレクター」と名乗るのはやめよう」って言われたんです。あえて「ディレクター」にしよう、そうすればアートならアート、音楽なら音楽のディレクター、というように、“その現場のディレクター”になれる、という意味で。

―― なるほど。確かに最初から肩書きに分野が乗っていると、その人はその分野専門で他のことは関わらないのか、という印象を受けますね。

もちろん、特定の分野専門の方ならばそう名乗るべきなのですが、僕はそれだけにこだわるつもりもなく、色々なことに携わりたかったので、この形になりました。
AntennaMedia:AM

専門家ではないからこその「アートの関わり方」

そもそも僕が「アート」に関わったきっかけ自体を考えても、僕には“裏付け”になるものがありません。でも、僕はアートを専門に学んできてはいない分、逆にその立場を生かして「アートの常識にとらわれない」ことができると思うんです。

――「アートの常識にとらわれない」とは、具体的にはどのようなことでしょうか。

僕の中で「アート」は、「美術」っていう学術の枠でくくられるものじゃないと思っています。構図とか色とかモチーフがどうであるかといったことは、あくまで「アート」を構成する要素のひとつに過ぎないと思うんです。非常に重要なことですが、全てではない。しかしどうにも、専門的な知識を持っている人、研究者やプロといわれる人ばかりが「美術」という枠を作ってきたから、普通の人たちがかえってアートに興味を持ちにくくなっているのではないか、と感じるときがあります。作品を見るとき、「どこか正解があるんじゃないか」と思わせてしまっているというか…作品には必ず定まった正しい解釈や感じ方があるのではないか、と。

美術館に行って、解説パネルを見て、音声ガイドや学芸員さんの解説を聞く。もちろん、それも展覧会の楽しみの一つです。でも、それだけで終わってしまうと意味がない。これでは一方的に教えてもらっているだけになってしまうでしょう。
僕は、「何故この作品が作られたの?」「どうしてこんな風に描いたの?」といったことを、自分で考えて、ひとと語りあう方が、美術を楽しむ上で大切なことだと思うんです。専門的な知識があればそれがより具体的に鮮明に考えることができる。でもあくまで考えるための助けです。「この作品はこういう意味がある」と最初から教えるのではなくて、見る人にそれを考えさせるのが一番大切だと思うんですよ。

―― 一方的に答えを与えられるのではなく、自分で考えて解釈するということですね。確かにクイズや推理小説もそうですが、最初から答えが分かってしまうと面白みが落ちてしまうことがありますね。

 

その考える作業はまさに『推理ゲーム』ですよね。友達同士で同じ絵を見ている時「何故この色が塗られているのか考えてみよう」と一緒にディスカッションしてみる。別に、そこで出た答えが実際の作者本人の意図と一致している必要はないと思っています。大事なことは、アート作品が生み出した「コミュニケーション」の方だと僕は思っています。

映画を観たら、皆当たり前に感想を語りますよね。映画の後に一緒に喫茶店でお茶をしながら「ここが面白かった」とか「あのシーンがよかった」とか。でも、アート作品を観た後はそういうことが少ない気がします。
「アート」「美術」はすごく高尚なもの、学術的なものと認識している人が多いんでしょうね。エンターテイメントとしてではなく学問として考えている。だから、必ず何かしら“正解”がある、作品を「鑑賞」するよりも正解を求めて作品を「分析」しなければ!って意識になっている。それで会話にならないんだと思うんです。そもそも自分たちが語り合える分野ではない、と諦めてしまっている。それはすごくもったいないと思います。

 

本来分かり合えるはずのない人たちが分かり合う努力をするためのツール。
それが「アート」のある意味だと思っています。

―― アートも会話のきっかけになる存在だ、ということですね。確かに語るポイントは沢山存在するのに、活用できていないというのはもったいないことです。

僕としては、アート作品が存在している意味というのは、「本来分かり合えるはずのない人間たちが、分かり合う努力をするためのツール」だと思っています。
僕は、元々人間同士ってなかなか分かり合うことは難しいんじゃないかと思っています。もちろん、例えば相手が恋人だったら、相手のことを色々知りたいと思うし、向き合えます。でも、そのくらい特別に思っている人、親しい人でなければなかなかそうはいきません。それに恋人といっても他人のことですから、完璧に分かることもできないでしょう。

近年「人の痛みを感じられない時代」とよく聞きます。これはとてもまずいことだと思うんです。相手の痛みを察することができないと、躊躇なく相手を傷つけてしまうし、簡単に喧嘩を売ったりしてしまう。戦争だってします。世の中のシステムを整えることも大事なことですが、人間自体が進歩していないと結局争いになってしまいます。争わないためにはどうしたらいいか?そ

れには「赦し」が大切だと思います。相手を赦す。でもそのためには相手のことを理解する必要があります。

僕は「作品」から、それを作った作家が何を考えているか、どんな痛みを背負っているかを考えています。そういう、相手のことを考える、理解する訓練をすることは凄く大事なことだと思うんです。アート、芸術作品ってそういう、人

のことを考えるきっかけを作ったり、人を繋ぐ仲立ちを担ってくれるものではないでしょうか。


世の中には色々な芸術がありますが、僕はそれぞれ担う役割が違うと思っています。音楽なら、一定の時間、一緒に聞いている人たちと一体感を味わえる。その音楽が鳴っている間、沢山の他人と感覚を共有する気分があります。美術はその点、音楽と違って「時間」という制約がありません。見ようと思えばいつまでだって見ていられる。そのかわり、感覚を通じ合わせるべき分かりやすい他者もいません。だからこそ、時間をかけなければ人と通じ合っている感覚は得にくいのだと思います。要するに、アートってぱっと見てすぐにぱっと「おもしろい!」っとなるものではないんです。おもしろいって思うものは大抵何かしら「違和感」があるんです。何だこれは?どういうことだ?とわからないことがある。そこにまっすぐに向き合って、面白さが伝わってくるのではないでしょうか。

僕が自分の活動を通して目指しているのは、「人と人がつながっている社会」です。アートという存在を通じて、きっとそれを生み出していくことができるのではないかと思っています。
―― アートを通じて人が繋がる社会。素敵ですね。小島さんの今後の活動を通して、それが実現することを期待しています。

 

KYOTO CURRENT 2013――誰でも楽しめる、オープンな展覧会

KYOTO EXPERIMENT 2013

 

―― 小島さんの具体的な活動として、2013年9月にKYOTO CURRENTのディレクションを手がけていらっしゃいますが、どのような展覧会を考えていらっしゃいますか?

2013年のカレントは、「公募展」とは名乗らずに「企画展」という枠組みで捉えてます。公募枠で募集した作家もいますが、全ての応募者一人ひとりとじっくりお話をして作家を選出しています。僕の好みに合わせて選んだわけではないですよ(笑)好き嫌いに関わらず、作品のもつメッセージ性やその表現手段などから、企画のコンセプトをよく理解してくれている、企画に合った作家を選んでいます。また、公募作家と誘致作家の作品を別々に分けるのではなく、同じ空間に一緒に展示することにしました。

稲垣智子―― 平面から立体、インスタレーションまで、本当にさまざまな分野の作家さんがラインナップされていますね。

本当にバラエティに富んでいます。とにかくテイストが全く違うものが一度に展示されることになるのですが、こんな機会は滅多にないことだと思います。こういう展覧会の場合は、ぜひどうしてこんなに色々なラインナップになっているのか、そして一見バラバラに見える作品の間に共通するものはないか、何を言いたいのか、実際に作品を見ながら考えてみて欲しいです。その「共通するもの」こそが、企画側の考えていること、コンセプトなんです。

石川元―― 先ほどお話されていた『推理ゲーム』ですね。

それに、アートが元々好きな方も初心者の方も、どんな方に来ていただいても楽しんでもらえるような、オープンな展覧会を考えています。会期中は、ディレクターである僕自身が会場に毎日立って、質問があれば何でも答えられる環境にしておこうと思っています。それに、作家さんにもお話をしてもらいたいので、22人全員にインタビューをして作品について語ってもらう、聞くことができる機会も設けます。企画側がどんどん観る側に対してオープンになっていって、考えるためのヒントを出していくんです。
たくさんの作家が参加している展覧会は、その中にきっと自分も共感できる作家や作品があると思います。それをぜひ、自由にじっくりと会場を歩いて、見つけて欲しいですね。

―― ありがとうございました!

若くして多数の展覧会やアートイベントの中心的スタッフとして関わっている小島さんですが、元々アートを専門とされているわけではない、とお伺いして驚きました。しかし、その分自由かつフラットな発想で「アート」を見ることができる。「アート」とはなんだろう?何を伝えることができるのだろう?その難しい問いに、まっすぐに向かい合っている。お話を聞いてそう感じました。
KYOTO CURRENTという大きなイベントを終えた後も、小島さんは精力的に活動を続けておられます。今後、どのような形でアプローチをしてくださるのか、展開が楽しみでなりません。

【今回お話を聞いたひと】

小島 健史さん(NPO法人 Antenna Media)

小島健史さん(Antenna Media) NPO法人アンテナメディア・ディレクター/京都藝術実行委員会2012 同志社大学経済学部卒業。在学中にふとした人との出会いからアートに関わりはじめ、現在は京都を中心に展覧会やイベントなどを通し、国内外へアートを発信する活動を行っている。

【展覧会情報】

KYOTO CURRENT 2013 【イベントは盛況の内に終了いたしました】

Kyoto Current 2013は、京都に縁のある現代美術作家の作品群を一堂に展示することで、京都の“最先端(Current)”を提示することを目的とした企画展です。 5回目の開催となる今展は、公募も含めた作家22名が集い、その多様な表現によって彩られる強い思いや考えに着目します。同じ時代に生きる作家たちは、「いま」をどう捉え、「未来」に何を思い描くのでしょう。 Currentというひとつの鋒(きっさき)が映し出す風景を、どうぞお確かめください。

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