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京遊×橋本関雪記念館 白沙村荘の庭から 第十二回

京遊×橋本関雪記念館 白沙村荘の庭から 第十二回  京都市左京区白沙村荘橋本関雪記念館

京都には大小さまざまなミュージアムがありますが、その中には現在も人が暮らしている家の一部をそのまま公開しているようなところもあります。そんなミュージアムのひとつが、日本画家・橋本関雪の建てた邸宅である白沙村荘 橋本関雪記念館。その副館長で関雪の曾孫である橋本眞次様に、普段はちょっと分からない、美術館での日々を徒然と綴っていただくコラムです。

錢痩鐵(せんそうてつ)~画面に捺された日中の交流

白沙村荘の落款
白沙村荘の落款
 日本画の画面にはほぼ必ず印が捺されています。署名または讃と呼ばれるものの下に、控えめな朱文印がポンと捺されている事は日本画においては画面の完成を左右するほどに重要なことです。実際に印を捺す作業は最後の仕事であり、今日に呼ばれる“落款”という言葉は「落成を款識す」の略語であり、サァこれで出来上がりと思いつつ捺した印がもしバランスを崩すような印であるのなら作品はダメになり描き直しと云うこともあるでしょう。

ただ捺せば良いというものでも、どんな印でも良いというものでも無く画面のバランスを損なわないように。更にググっと引き締まった上に、画を引き立てるようにとあの小さな物がこれほどまでに重要なのです。いわば印を彫る篆刻家と、その印を捺す画面を作る画家とのせめぎ合いが常に起こっているとも言えるのです。だから当然、篆刻家は画家の作風をよく知らなかればなりませんし、画家はまた篆刻家の彫る印影の特徴をある程度把握しておかないといけません。

鯉鈕田黄印
鯉鈕田黄印
そういった難しい仕事をこなしながらも、篆刻家の名前や作品はあまり多くの人が知るところではないというのが現在の状況です。日本においては北大路魯山人が一般的に著名ですが、それですらも篆刻家よりは陶芸家、美食家の側面が大きく知られているに留まります。竹内栖鳳あたりの印を多く彫っているのですけどね。

橋本関雪については、近代作家有数の印持ちであり実に500を超える印が今も白沙村荘に遺されています。この500を超える印の半数あまりは、錢痩鐵(せんそうてつ)(1897~1967)という一人の篆刻家によって作られたものです。二人の出会いは1922年上海での初対面であったとされますが、その翌年には関雪が痩鐵を白沙村荘へ招き寓居を提供して彼の活動を全面的にバックアップする事となりました。

錢痩鐵(1897~1967)

錢痩鐵は当時の中国において「篆刻三鐵(てんこくさんてつ)(苦鐵、冰鐵、痩鐵)」の一人と評された人物で、苦鐵こと呉昌碩(1844-1927)の弟子にあたります。篆刻のみならず画にも才能を発揮し上海美術学校の東洋画主任教授を務めていた経歴もあります。この痩鐵に関しては、日本を活動の舞台としたことにより数々の資料が残されることとなりました。橋本関雪から派生して、西山翠嶂、金島桂華、中村不折、小杉放菴、會津八一、谷崎潤一郎など多くの文化人との交流の足跡を遺しています。特に谷崎は1946年10月に「錢痩鐵来日中なら、篆刻と潺湲亭(せんかんてい)の揮毫を頼みたい。」という書簡を送って仲介者に打診していますが、この際に作られた潺湲亭の扁額は今も架かっているものです。

そして最近になり、経済的な好景気を迎えた中国では近代の文化人達の再評価が進んでいるだとかで、この錢痩鐵についても大きく知られるようになっていると聞き及んでいます。こちらとしても関雪の代表的な作品のほぼ全てに捺されているこの印の作者を蔑ろには出来ないと考えていた所・・ちょうど願ってもない話が舞い込んできました。

 
錢痩鐵交流回顧展図録より

香港の錢痩鐵作品のコレクターが、京都と香港で・・つまり白沙村荘で互いの蔵品を合わせた「交流回顧展」を開催しないかと打診してこられたのです。これは実に嬉しい出来事であり、目下の所その話に乗る形で第二回錢痩鐵交流回顧展の開催計画を練っているのです。ちょうど来年には新しい展示施設も出来上がっていることでしょうから、その場所で書画篆刻の関係者を招きかつて橋本関雪と錢痩鐵が行ったように、日本と香港が文化的な交流を改めて行いたいと考えています。

当時の日中間は、今と何やら近いような感じであり錢痩鐵は日本においてはスパイ容疑で投獄され、本国に帰ってからは日本のスパイであると糾弾されていたという不遇な人物でしたs。その再評価の一助を白沙村荘がもし成すことが出来るのならば・・国同士の友好は難しいにしても、日中の文化人達が過去のように健全に交流できる舞台が出来上がるのではないでしょうか。そういう風になれば良いのですけどね。

  • 橋本関雪・錢痩鐵年譜
  • 橋本関雪・錢痩鐵年譜
  • 橋本関雪・錢痩鐵年譜

橋本関雪・錢痩鐵年譜(クリックすると、拡大して見ることができます。)

施設情報

白沙村荘(橋本関雪記念館)
京都市左京区浄土寺石橋町37
公式ホームページ

施設の概要はこちら

著者プロフィール

橋本眞次(はしもと・しんじ)
1973年、京都生まれ。
大正・昭和にかけて活躍した日本画家、橋本関雪の曾孫にあたる。
23歳の頃、関雪に興味を持ち父の仕事を手伝いながら資料編纂などに携わる。
現在は白沙村荘 橋本関雪記念館の副館長として活動中。

公式ブログ「京都の庭ブログ」はこちら↓
http://hakusasonso.kyo2.jp/

「白沙村荘の庭から」過去のコラム


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