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2012.01.30(Mon)
CABさん(イラストレーター、絵描き) 『コントロールできない脳内工場とどうつきあうか』
常になにかを見る癖
(カフェ内の内装をキョロキョロと眺めながら)職業病やと思うんですけど、普段、歩いていても、どこにいても、へんなとこをずっと見てしまう。たとえば、この電気がどうやって天井に付いているのかとか、留め具の付け方とか。周りからしたら、ど変態かと(笑)。
常に見て覚えて、ラフを描くときに、資料がなくてもある程度の形・ディテールまで持っていけるようにしてる。例えば、この機械やったらよくこのネジゆるむよな、みたいなところ。カレンダーなら、こうやってめくるからここのへんテロっとなってるよな、とかいうところ。些細な、使ってたらこうなるよなぁっていうところ。
常になにかを作ってる感じでいて。実際、気持ちが休まるときがあんまりなくて、しんどい。記憶力も変わっていて、人の顔の特徴だけを覚えたりするんですよ。でも、その特徴の持ち主が誰やったかとか、人の顔も名前も覚えていない。
----へぇー。どんなふうに情報が頭のなかにストックされてるの?
画像の資料集みたいな感じ。脳内の資料集は、たぶん一冊しかないんですね。ファイリングはされてない。で、むっちゃ分厚い。
----見たことのないものは全部見たい、って感じる?
それはある。だから、アメリカに行ったときなんて、一日中、眼球が動き回ってる。
絵一本でいくと決めた27歳
----何歳ぐらいからそうなった?最初から?
いや、昔は...見る癖はなかったですね。なんとなく見たりはしてたけど。もともとなにか見るのは好きやったから。友だちと人間観察をして、想像で何時間も遊んでた。
絵一本でいくと決めたのは、もう7年前。27歳くらいのとき。絵に関して、情報収集しようと思って、ちゃんとしだした。最初は努力して見るようにして。電車に乗っても外を見て、マンションの階段に日が入ったときに影がどうできるのかとか、建物の形や色や街並みとかも。それが癖づいて、いまは気持ち悪いくらい目が動く。
----絵を「ちゃんとしだした」ってどういうこと?
自分のまわりから絵うまいなぁとか言われながら、絵の仕事をちょこちょこやってたけど。結局、世界の、ほんまにうまいやつをちゃんと見たら、自分の絵がむっちゃしょぼくて。で、ちゃんと考えないといけない、と。二十代の半ばすぎて、後半に近づいてきたら、怖くなってきて。一生不安定な職業やのに、このままでいけるんか?と。みんなが普通にしている、"会社で仕事して、家族を養って遊びに行って、幸せそうな家族"のイメージが、むっちゃ遠くなっていく。むっちゃ怖くなって。
それで、今は絵をやらなあかん!、と思って。一人暮らしをやめて実家に帰って。それから、絵をがーって(集中的に)やり始めた。毎日カフェに行って、8~10時間ずっと絵の練習をし始めた。バイトはせえへんと決めて、絵の仕事をもらえるように、なるたけあちこちに顔を出して動いて。それまで毎日乗ってた自転車(BMX)の集まりには、行くのも我慢して。
----絵一つにかけて、ほかのやりたいことは捨てた。
やりたいことが一杯あったから。充実はしてたけど。将来について、「自分はなにで生きて行くねん?」と考えたら、僕の場合は「絵で生きたい」って。それなら、絵を一番育てなあかん、ちゃんと筋を通してやらなあかん。それで、どういうスタンスでいくか、お金のこととかいろいろ考えて、ちゃんと決めていかなあかんと思って。
とりあえず、絵がうまいっていうのは、絶対にないとあかん。ほんまにずば抜けてうまいって言われなあかん。で、それをまずやると。そうなっていったのが、絵一本でやり始めた27歳ぐらいのとき。
----絵でやっていきたい気持ちが、もう一段上がった。
そう。それまでは、若いがゆえに、ふわっとした、ちょっと夢見てる感じがあった。自分の中ではちゃんと考えてるつもりだったけど。親にも、「いつまでも夢見てんちゃうぞ」とよく言われてた。そのときはむかついてたけど、うーん。今考えたら、やっと思い当たる(笑)。ほんまにダメやったなと。親が最終、助けてくれるって考えてた。結局、甘えて、親の力で生きてただけ。なめとったなと。
アメコミのラインに魅せられて
----いつから、アメリカン・コミックス(以下、アメコミ)みたいな絵をやりたいって?
幼稚園のときから、絵が好きで。幼稚園内で、一人だけめっちゃ絵の上手な子がいて。キノコカットで、ぐりぐりのつり目の子。今でもめっちゃ覚えてる。その子にだけには勝たれへんかった。その絵が好きで。そんなふうに、自分のなかで勝手にライバルを作っていて。
小3のときに、アメリカから帰国子女の子がクラスに入ってきた。その子が絵を描いたらうまいんすよ。日本人が描くイラストじゃなくて。例えば、幽霊じゃなくて、ゴーストっていう感じの絵。なにこれ、めっちゃかわいいやん、と思って。で、その子と「お前も絵うまいな」「お前もな」と仲良くなって、家に行ったりして。そしたら、スパイダーマンやバットマンが、お菓子や本であって。日本のペタっとした感じじゃないイラストで、すごい迫力があった。なにこれ!?むっちゃかっこいい!と思って。
それから、ディズニーをテレビで見て、わー、かわいいなぁと。ディズニーとアメコミで、海外のそういうイラストがあると知った。海外って違うんや、そっちの方が好きやな、と思って。その流れで、日本だと昔の鳥山明の絵とか、アメコミっぽいからすごい好きで。
だんだん大人になっていくにつれて、ほかのアメコミを見るようになって。いろいろ描いていくうちに、なぜか、グラフィティアートって呼ばれるようになって。ひとりでに、ストリート系アートっていうジャンルが生まれていって、そういう打ち出しをされるようになった。
日本のものでも昔のアニメは好き。「ど根性ガエル」とか「釣りキチ三平」とか。あのへんは、すごい。キャラクターのラインの取り方がすごくきれいで。無駄がない。ちゃんと理にかなっていて、かわいく見える形。
アメリカを目指して一度は挫折
二十歳ぐらいのとき、自分より十数歳年上の絵描きの人に、サンフランシスコに行ってみ、絶対おもしろいわ、って言われたのをずっと覚えてた。多分サンフランシスコに住んでたのかな、その人も絵がうまいって思ってた人。その人が言うんやからって、ずーっと頭のなかにあった。
で、ちょっとずつお金を貯めて、25歳ぐらいのときに、ぎりぎりやけどお金が貯まって。で、自転車乗りに行って、落下して、入院して(大けが)。
お金がどんどん出て行って。で、一回、もうたまらへんと。一人暮らしんときはやっぱり貧乏やったから。もう、貯める気力ないわーと思って。ほんで、結局だらだらして、あかんと思って、27歳なったときに絵一本にして、実家に帰って。二十代は空元気、めっちゃ辛かった。特にお金がなかった。もちろん、食べるものも。
進路ヤンキーだった日々
親にはいままで、とてつもない迷惑をかけてきた。ほんま二十代は、親からしたら、ぼくなんてなにしてるかわからん。一人暮らしするって言って、勝手に家出て7年間帰って来うへん。絵描くやらなんやら言って。親は大反対やったから。勘当に近いくらい。10年間、親と半絶縁状態やった。でもぼくは、やっぱり、それでもやりたかった。家族と絶縁されても、ぼくは「絵で生きたい」って思ったから。
親孝行したいっていう気持ちは昔からあったけど、どうしようもなかって。いまは地味に練習したい、地味に積み上げていかないと結果が出ないって分かってた。親はそれが分からない。ちゃんと早く仕事をして、絵なんて趣味でおいといて、と。違うねん!ぼくがやりたいのは、と。自分の絵で生きていきたいねん!って。そんなのも分かってもらわれへんかった。
全然、ヤンキーになったことないのに、息子が荒れた家みたいな状況になって(笑)。進路ヤンキーやと思う(笑)。おれ、なんで親をこんなに悲しませんのやろ、と。気持ちはすごい純粋やから、それがまた、苦しくて。自分は好きなこと、夢を見つけてやってるから、本来なら親には、お前の好きなことをがんばれよ!って言ってもらいたい子ども心があるのに、大反対されて。認めてもらえへん悔しさがずっとあって。やっぱり最終的に、結果を出さないと親は納得せえへん。それを徐々に理解していって。で、ほんとに最近、やっと...。やっと...(実感こもる)。
----やっと・・・。そうかぁ。えへへ、そうかぁ。
死ぬ気はなかったけど、自殺する人の気持ちがわかるところまでは行って。お金も飯もなんもなかったし。むちゃくちゃしんどかった。その時代には二度ともどりたくない。昭和の作家みたいに、月明かりの下で、みかん箱の上で絵を描いてた。夜、全部部屋の電気を消して、ガスもずっと止まってたし。
アメリカで学んだのは、世界視野と自信
----それで、29歳のとき、アメリカへ。
これまで、サンフランシスコに3回行ってる。初めて行ったときは、独りで絵をがんばってきたけど、そこから先になにか進ませようと思って。自分のルーツがアメコミやったから、ずっと行きたかったアメリカに行って、なにか新しい刺激をもらわないとあかんと思ったから。
むこうの芸大にいた友だちのところに行って。芸大の先生に、日本から勉強したいって来てるやつが、授業に出させてほしいって言ってる、と伝えてもらった。そしたら、出ていいよって。
むこうの先生はほんとにすごい人が多くて。環境的に、まわりに普通に、プロのアーティストやアニメーションの仕事をしている人たちが、すごい身近にいる。有名な映画会社の制作者が教えに来たり。雑誌でしか見ないようなアーティストを身近で生に見れた。夢見心地で、そんな人と直接話ができるんや!と。だから意外と、向こうに行けば、日常的に普通にいる人なんやな、と。そこから自分の世界観が、日本国内じゃなくて、完全に世界視野になった。
むこうでも、自分の作品をいろんなひとに見てもらって、いい反応がたくさんあって。で、毎回行くたびに、自分なりのグレードを上げて持って行って。どんどん反応が良くなっていくし、自分のテンションも上がって行って。いまも、世界基準。口でいうとちょっとダサいけど。リアルに、別にそんなに遠いものじゃない。
アメリカに行って学んだのは、ほんまに自信を持って、自分が作ったものを出していくこと。そのパワーの源。
一回行って、めっちゃ楽しかった。刺激がありすぎて。むこうに行ったら、すごい好きなグラフィックであったり服装であったり、資料だらけ。帰ってきて一年間、モチベーションが全然下がらず、ずっと興奮しっぱなしで。毎日、一日8~10時間、カフェにこもって基礎練習。やればやるほど、うまくなっていくのが分かって。
新しいイメージが生まれるとき
新しい絵をどんなふうにしようかと考えてて、新しいイメージが、「これや!」って思いつくときがあるけど。それが、もわっとしたただの断片にすぎなかったりする。たとえば、描き方の筆の運び。いつもは水をつけてやってたのを、ちょっと水少なめで早めにこする、みたいなこと。それぐらいしか思いついてないのに、頭のなかでは、つぎの部分が一個進んで、広がったような気がしていて。
----おもしろい。まずそれを描いてみて、そこから進めていくの?
そう。何の作品を描くかも決まってないのに、描き方だけ。こうやったら、なにか違うものができそう、と。それだけで、結局、じゃあなに描くのかといわれたら、いやーわからん、でもなにかができた、と。
苦労せずに、ぽこっとアイディアが出てくることもある。こんな感じでこんな感じでこんなんやねん、っていうのを、人に説明しようと描いてみたら、そのまま完成形がぽこっとできた。多分、脳内では構想を考えてたんやろうな。自分では考えてたっていう実感もなにもないけど、多分、勝手に脳みそが考えてくれてた。脳みそ、おかしい。いや、ぼくの脳みそ、素敵(笑)。
だらだらして、なにもしてない。けど、脳内で絵の構想を考えてる
仕事場で寝泊まりしてるんやけど、寝ているときの後半、起きるまでの 2,3時間ぐらいが、半分起きて半分寝てるみたいな感じで。その間になんやかやといろいろずっと考えてて。たまに、起きたとき、それまで考えてたことを覚えてる。そういうときは、起きたらちょっと疲れてる。朝、たまにほんまに、考えすぎて、脳みそ苦しいときがあるねんな。
まわりの人から見たら、寝てだらだらしていて、なにも絵の作業をしてないみたいに見える。ほんまにだらだらしてて。でも、だらだらしてるけど、ずーーっと絵の構想を練ってて。寝て作業はしてないけど、脳内で、思いついたアイディアについてこんなんあかん、と考えたり、その絵を一日おいたらどういう風に見えんのやろか、と想像したり。で、起きたときにそれをもう一回思い浮かべて、実際に絵を描きながら、ここあれやな、と検討したり。
できてない未完成のものに対して、頭のなかでつくって、それをまた一日おいて、この頭のなかの作品に対してまた冷静に見て、という作業やから。現実的にはなにも進んでないけど、でもそのかわり、最終段階で、実際に動き出したら早い。びっくりするぐらいのスピードで。締め切りの期日までには確実にやってる。
最後に脳のスイッチが入ったらすごい
一度、脳のスイッチが入ったら、怖いくらい、自分でもびっくりするくらい、脳みそが動き出す。常人の脳みそじゃないと感じる。例えば、初めは資料をみて絵を描いてるけど、途中からは、脳内に確実にそのオブジェクトの立体像が全部入ってて、資料を見なくても、壁から色から全て描けて。資料を見て描いたものよりも、うまいこと描けたり、質感まで出せたり。秀逸な洗練されたものができたり。
脳の持つ能力が最終は垂れ流しになってるみたい。この能力をコントロールはできてないけど。
コントロールできない脳内工場とどうつきあうか。・・・素直に普通の自分でおろう
そういった脳の働きを、自分ではコントロールできへん。ずっと、こころはむっちゃ焦ってるねん。こころは、早くしないとあかんと思ってるのに、脳が動いてくれへん。
----自分ではどうしようもない。
もどかしさで、うーっと(嫌になる)。こんなにやらなあかんこといっぱいあるのに、なんでこんなゆっくりしてるんやろう、と。
多分、脳内で、ちゃんとその情報がまとまるまで、待たなあかんねん。納期直前にならないとできへんことが多いけど、仕上がるものはいいですよっていう、すごい工場があって。納期(考える時間)が長い方が、多分いいものになる。なにもやってないようにみえる前半の時間は、決して無駄じゃない。
朝から夕方まで、人がいるような時間帯は働いてないけど、深夜に働いてる工場、みたいな感じ。深夜、誰もおらんところで、フル稼働する工場。そういう風に納得するしかない。
だから、最終的に行き着いたのは、ぼくは、素直に普通の自分でおろう、ということ。(自分は偏った生き方をしてるな、これでいいのかなと悩んだ時期もあったけど、)無理してどこかの感じに合わせようとかしたら、ぼくがなくなるなぁ、と。ぼく多分、絵以外のことに気配りをし出したら、絵がダメになる。
絵があるから人とつながれる。自分が出せる
ぼくには絵しかないから。絵で人とつながって。絵が基本ですべてが成り立っている。なにかと絵がないと。絵でしか表現できない、不器用でネクラなのかも。いい友だちともっと出会いたいから、いい絵を描いて、見せて、いっぱいひとに気に入ってもらって、友だちができて。絵でしか表現できへん。
もともと人見知りもめっちゃ激しい。絵があるおかげで、いまは人と、ほんまに自信もってしゃべれたりするけど、絵がちゃんとできてないときなんて、自信もないし、自分から知らない人にしゃべられへんし。自分がだされへんというか。そういうのを変えていけてるのは、多分、自分がいま、唯一自信をもって出せる絵があるから。
絵がなくなったら、ぼくは多分、ただの肉。肉塊。自分じゃなくなる。多分、表現もなんもできへん。
Profile
CABさん(絵描き、イラストレーター)
キャブ。1977年生まれ大阪育ち。幼少期にアメリカン・コミックスに魅せられ、絵に取り憑かれる。美術専門学校を経て、2006年より本格的に作家活動開始。アメリカ(サンフランシスコ)に短期留学。
VANTANデザイン研究所、大阪アニメーションスクール特別講師。
FM802アートオーディション通過(2008)。阪急うめだ本店ショーウィンドウ内にてライブペインティング(2009、2011)。渚音楽祭、御堂筋アートグランプリ(MAG)、心斎橋BIG STEPや香港Fringe Clubでのライブペインティングほか、多数イベントに出演。壁画、グラフィックデザイン、イベントフライヤーなど幅広く手掛ける。
http://cab-springhills.blogspot.com
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