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【特集】今年の京都はお寺がアツい?「法然展」&「親鸞展」(2)Who is "HONEN"?編

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flyer_honen800.jpg現在京都で開催中の二大仏教美術展、「法然展」と「親鸞展」。
もうご覧になられましたでしょうか?
「京都で遊ぼうART」では、もう見た!という方もまだこれから...という方もより展覧会が楽しめる情報をご紹介していきたいと思います。
前回はこの時期に京都でこの展覧会が開催される理由や、関連した(ちょっとマニアック?な)エピソードをご紹介しました。
続いては、展覧会の主役である「法然」「親鸞」の二人にスポットを当て、展示作品を交えてご紹介してみたいと思います。
名前は聞いたことはあるけれど、実際どんなことをした人なのかはよくわからない、という方も多いのでは?その人となりを知ってから展覧会を見ると、よりいっそう展示を楽しむことができるはずです。
まずは、お師匠でもある「法然」さんから!

Who is HONEN?(「法然」ってどんな人?)

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重要文化財「法然上人(円光大師)坐像」
(鎌倉時代・奈良 當麻寺奥院蔵 )
法然の彫刻像では現存最古のもの。
普段は秘仏扱いで、数十年ぶりの公開となる。

法然上人(1133~1212)は、平安時代の末期から鎌倉時代にかけて活躍した僧侶。
彼は当時の仏教のあり方に異を唱え、ただひたすらに「南無阿弥陀仏」の念仏を唱える修行「専修念仏」を掲げて浄土宗という宗派を開きました。
彼の活躍した鎌倉時代は、それまでの仏教を改革しようとする動きが多く生まれた時代でした。
その中でも法然は、早いうちからその行動を起こし後に続く多くの人たちの先駆けとなった、いわば「鎌倉仏教のトップランナー」としての役割を果たしていました。



お金持ちのものだった仏教


平安時代の終わりごろ、日本は治安が悪化したり飢饉が続いたりと災厄続き。人々の中では先への不安ばかりが広がっていました。
困ったときの神頼みともいいますが、普通、人々は不安がつのれば神や仏の教えをよりどころにすることが考えられます。しかし、当時の仏教は「鎮護国家」、人を救うというよりは国を護るためのもの、という考えが強くありました。また、信心を示すためには厳しい修行や、高額のお布施、大きな寺院の寄付などが必要とされる傾向がありました。とてもすべての人がそんなことができるわけがありません。そのため、仏教は僧侶の他は権力者層や貴族など、ほんの一部の人たちだけのものとなっていたのが実情でした。

法然が見つけた「多くの人を救う方法」― 専修念仏

法然は1133年、現在の岡山県で武士の子として生まれました。
しかし早いうちに父親が他界。法然は父の遺言により、僧侶になるべく比叡山で修行に励むことになります。
法然は大変出来がよく将来を楽しみにされていたようです。しかし法然自身は立派なお寺で出世することに興味が持てませんでした。
実際、当時の比叡山は派閥の対立や出世争いなども多い状況は否めませんでした。
法然は出世には関係のない、修行をきちんと行いたいと考え、18歳で比叡山の少し外れ、黒谷の地に移ります。(この際に法然の師匠となった叡空和尚は「若いのに大変見上げた志だ」と大絶賛したそうです)
重要文化財「善導大師像」(中国・南宋時代/京都・知恩寺蔵)
展示期間:3/26~4/17

善導(613-681)は、阿弥陀仏を信仰し極楽浄土を願う「浄土教」の大成者。
著書の中で修行の手段のひとつとして阿弥陀仏の名を唱える「称名念仏」を勧めており、その主張が法然に大いに影響を与えた。
念仏を唱えるに口から光を放ったといわれ、念仏を象徴する小さな仏様(化仏)が現れた姿で描かれる。
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また法然は、前述したような「一部の人たちだけのもの」になっている仏教に対して大いに疑問を持っていました。「財力もない、厳しい修行に耐えるような余裕もない、弱い立場にいる人々を救うにはどうしたらよいか」を悩み続けたのです。

彼は解決法を見つけようとあらゆる経典を何度も読み返し、その答えを捜し求めました。
その中で、中国・唐の時代の僧侶「善導」が著した『勧経疏(かんぎょうしょ)』にあった「称名念仏」に出会います。これは、仏様―ここでは阿弥陀仏の名前を、声に出して唱えるというもの。
「阿弥陀仏を信じています(南無阿弥陀仏)と唱え続ければ、その声を聞いて、どんな人にも必ず応え救ってくださる。なぜなら、阿弥陀仏はすべての人を救うことを誓った(本願)仏様だから」
これだ!法然は長年の苦悩に答えを出したのです。このとき43歳。答えを探し始めて、なんと28年も経っていました。
honen800_nigabyakudou.jpg 重要文化財「二河白道図」(鎌倉時代/京都・光明寺蔵)
展示期間:4/19~5/8

念仏の道(白い道)をひたすら進めば、左右の水や火の河といった災いから逃れ、極楽浄土へいける、ということを示している。
法然の浄土宗では、仏像や仏画はあまり作られなかった。しかし、文字の読めない庶民にもわかりやすく教えを説明するためにこの絵は描かれたと思われる、

法然は山をおり、京都・東山の吉水に庵を開いて、この「称名念仏」をひたすら続ける「専修念仏」の修行をすることを人々に説きます。
心から仏様を思い、声を出して語りかける。それを一生懸命続けられる心があれば、どんな人でも仏様に救っていただける。ひとつのことに必死で取り組めば、余計な雑念に心を惑わされることはなくなる。難しいことは必要ない、身分や財力の差に関係なく誰でも行うことができる、とてもシンプルな考え方でした。
法然のこの教えは、それまで仏教に触れる機会の少なかった一般庶民はもちろん、武家や公家、はては天皇にまで広まっていきました。
法然の支持者には、平家物語の「敦盛」にも登場する武士の熊谷直実や、東大寺の大仏を修理したことでしられる重源、公家の九条直実、そして後白河法皇などそうそうたる面々がいました。
また、それまでの仏教に対して同じように疑問を持っていた若い僧侶たちも弟子として彼の元に多くやってきました。親鸞も、その一人です。

浴びた批判の嵐と、法然がもたらしたもの

重要文化財「選択本願念仏集」(鎌倉時代/京都・廬山寺蔵 )
展示期間:3/26~4/17

法然の撰による、浄土宗の根本宗典(最も大事な基本テキスト)。法然が66歳のときに熱心な支援者だった九条兼実に「わかりやすく教えを文章にしてほしい」と頼まれ編纂されたもの。
これは現存最古のものとされ、タイトルは法然の自筆と伝えられる。
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しかし、法然の唱えた「専修念仏」は、当時としてもとても斬新な答えでした。
それまでの仏教において、口で念仏を唱える修行は簡単で誰でもできることなのですが、それ故に修行としては軽くて低劣なものと考えられていました。しかし法然の教えはそれを根底から覆すものです。そのため、念仏を一生懸命唱えればいい、他に難しいことはしなくていい、という法然の教えはほかの厳しい修行を軽んじる、厳しい修行を積み努力した僧侶を軽視しているものだ、と、既存の宗派からは厳しい批判にさらされたのです。とりわけ、歴史ある寺院からは念仏を止めさせろという声が多くあがりました。
法然自身は大変高潔な人で、僧侶としての決まりごと(戒律)をしっかりと守り、それでいて身分の高い人にも貧しい人にも、そして女性にも、分け隔てなく接していました。
そのため、宗派が違っても彼のことを尊敬している人は多くいました。しかし、あまりに考え方が斬新過ぎたために、受け入れられない人も多くいたのです。

honen800_amidanyorai.jpg重要文化財「阿弥陀如来立像」(建暦2(1212)年/浄土宗蔵)

法然の弟子・源智が法然の一周忌に作らせた仏像。快慶の作といわれる。中には仏像を作る際に結縁(納経や供養などで仏様とご縁を結ぶこと)した数万人以上の人名が記された文書も残されており、法然の教えを慕う人々の多さを示している。
滋賀県の真言宗寺院・玉桂寺に祀られていたが、解体修理の際に像内の納入品が多数見つかって由緒が判明した。
反発は激しくなり、ついには当時の最高権力者・後鳥羽上皇(1180~1139)の女官が法然の教えに感化されて出家してしまったことをきっかけに、念仏停止の命令が下されてしまいます。そして法然は四国の讃岐、現在の香川県へと島流しの刑にあってしまいました。
その後、何とか赦された法然は京都へと戻り、東山・大谷に居を構えます。しかしその数ヵ月後に80歳で生涯を閉じたのでした。

晩年は苦労続きだった法然。しかし彼の教えは、それまでの仏教のあり方に一石を投じるものでした。彼の教えを受け継いだ弟子たちは、教えを次世代へ伝えると同時に、自分たちの考えも併せ、発展させていきました。また、彼を批判していた人々にも仏教のあり方を考える機会をもたらしました。盛んに議論が交わされるようになり、多くの新しい仏教の形がそこから生まれていくことになりました。また、鎌倉時代には優れた仏教美術も多数生まれています。
法然は、文化が発展していくその火付け役となった人なのです。

<次回は、法然の弟子である親鸞をピックアップ。どこに違いがあるのかなど、比べてみると面白いかも?>

関連リンク
法然上人八百回忌 特別展覧会 「法然 生涯と美術」
京都国立博物館

【特集】今年の京都はお寺がアツい?「法然展」&「親鸞展」(1)小ネタ編

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