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京都で遊ぼうART スタッフブログ

京都地域の美術館・博物館の情報サイト「京都で遊ぼう ART」のスタッフによるブログです。

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2010年10月アーカイブ

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白沙村荘・橋本関雪記念館の副館長、橋本眞次さんによる徒然連載コラム「白沙村荘の庭から」。第7回目となる今回は、現在東京国立近代美術館にて、京都では11月2日より京都国立近代美術館にて開催の「上村松園展」に関連した内容です。他ではまず聞けないレアなお話になってますよ!

上村松園と橋本関雪は、どちらも大正・昭和の時代、京都を拠点にして創作活動を行っていた「京都画壇」に属する画家です。
京都には狩野派をはじめ、円山派や四条派など、様々な流派の画家が数多く集まっていました。
また、名のある芸術家が自ら講師となって若いアーティストを指導する、画塾や芸術学校(京都府画学校、京都高等工芸学校など)も設立されており、近代の京都はまさに芸術家を育てる都市となっていたといえます。

松園も関雪も、生きた時代はほぼ同じ。
その上、コラムでも紹介されていますが、二人とも一時は竹内栖鳳の門下・竹杖会(ちくじょうかい)に属していました。
顔をあわせることも、それがなくとも互いの存在を知らないはずがありません。
特に、松園は紅一点の女性画家ですし、目立っていたことでしょう。

この時代は、沢山の画家、その他にも陶芸家や塗師といった職人たちが皆、京都という街に集まっていました。
そのため、互いに何かしらの接点や交流が生まれたり、ジャンルを超えたアートグループが作られたり、コラボレーション作品を作ったり...そんな活動が盛んに行われていました。
今思えば、とんでもなく贅沢な時代ですね。

そんな時代を垣間見られる、松園のことばも掲載されています。必見!

「京遊×橋本関雪記念館 白沙村荘の庭から 第7回」はこちら!


上村松園展は11月2日より京都展が開催されますが、京都限定公開の作品も多いそう。松園は京都で生まれ育ち、京都を中心に活動していた人です。
是非、彼女の縁の地で、彼女と多くの芸術家たちとの交流に思いをはせながら、展覧会をご覧になってみてはいかがでしょうか。


関連リンク

連載コラム「
京遊×橋本関雪記念館 白沙村荘の庭から 第7回」

白沙村荘橋本関雪記念館

京都国立近代美術館
上村松園展(公式ホームページ)



実際の展覧会の様子をご紹介している展覧会レポート。
今回はボランティアライターのkeiko.hさんに、こちらの展覧会の感想レポートをお寄せいただきました!keiko.hさん、どうもありがとうございます!

「モーリス・ユトリロ」展 @美術館「えき」KYOTO
(2010/09/09-10/17)


flyer_utorillo.jpg秋深まる今の季節にぴったりな展覧会に行ってきました。
美術館「えき」KYOTOで行われている「モーリス・ユトリロ展」です。

日本でも非常に人気のあるフランス近代の画家、モーリス・ユトリロ。
重要な個人コレクションが日本で一度に公開されたことはなく、今回の展覧会は全ての作品が日本初公開だそうです!





ユトリロの絵画と、その人生。

少し薄暗い会場に入るとすぐに、ユトリロの描いた風景がいくつも目にとびこんできます。
塗り込められた油彩画に圧倒されるとともに、不思議とどこか懐かしい風景を見ているような気もしました。

作品は、「モンマニーの時代」と「白の時代」、そして「色彩の時代」という3つの時代に区分され、展覧会はその時代の移り変わりに沿って構成されていました。
作品の横にはユトリロにまつわるエピソードが添えられており、合わせて見るとより深く理解できるようになっています。


モンマニーの時代は、ユトリロが画家として初期の段階であった時代です。
アルコール依存症だったユトリロは、パリ北部のモンマニーで祖母と二人で暮らしながら、治療のために絵を描き始めました。
ユトリロは正規の美術教育を受けていないのですが、モンマニーの風景を描いた堂々とした筆遣いを見ると、それが独学によるものであることに驚かされます。
色鮮やかで厚塗りされた画面からは、ユトリロが過ごした日常の空気が伝わってくるようでした。それは、画家の描く風景が自然そのものではなく、街並みを主役にしているからなのかなと感じました。


白の時代は、ユトリロが画家として最も充実していた時代です。
少年時代、忙しい母親のもとで孤独だったユトリロは、漆喰と遊んで気を紛らわせていたそうです。この時代の作品は名前の通り白が基調とされています。ユトリロは漆喰の質感を表現するために、石灰や鳩の糞、卵の殻などを絵の具に混ぜていたそうです。確かに、普通の絵の具では出せないような白色と質感でした。

白の時代の作品の傍らに、あるエピソードが添えられていました。
後年、詩人・小説家のフランシス・カルコが、「パリの思い出に何かひとつを持って行くとしたら何にするか」とユトリロに尋ねました。ユトリロは迷わずこう答えたそうです。

―― 「漆喰」。

このようなエピソードを知ってから作品を見ると、ユトリロの描いた白がより一層、色々な思いが込められた、深みのあるものに見えてきますよね。


色彩の時代は、白の時代の重い感じとは打って変わって、明るく軽快な印象の作品が並んでいました。
人物が画面に描き入れられていることもありますが、完全に脇役という感じです。ここでもやはり、主役は街並みでした。気がついたのは、教会を描いた絵が多くなっているということ。ユトリロのカトリック信仰の表れとも考えられているそうです。


これぞユトリロ!のモンマルトル。

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『カルボネルの家、トゥルネル河岸』(1920年頃、油彩)の
この展覧会では、ユトリロが暮らしたモンマルトルをテーマにした作品がたくさん展示されています。

たとえば、「ラバン・アジル」。「はね兎」という意味の、モンマルトルにあるシャンソン酒場です。ユトリロをはじめ、若き日のピカソや詩人アポリネールも出入りしたとか。

ユトリロはこの酒場を晩年まで繰り返し描いており、ここでは白の時代から晩年まで、同じアングルで描いた作品4点を見ることができました。
色調もタッチも、年代によって様々で、同じ建物でもこんなに見え方が変わるのだなと、違いを楽しみました。
自分が一番好きなラバン・アジルはどれか、探してみるのも面白いかもしれません。

また、「一日に一度酩酊し一点の傑作を制作した」と言われるユトリロですが、母シュザンヌ・ヴァラドンの死後、晩年は自室の小礼拝堂にこもって祈ることが増えたそうです。
ユトリロの妻リュシーは、白の時代の作品の複写を基に絵を描くことを、ユトリロに強く勧めました。白の時代の作品が最も素晴らしいと感じていたのでしょう。
しかし、晩年の作品は白の時代の作品とはまた違った印象を受けました。白の時代らしい重厚な作品は、白の時代にしか描けなかったということなのでしょうか...。

2つの年代の作品を見比べてみると、違いがよく分かるはずです。


展覧会全体を見て、ユトリロが街並みにこれだけ執着していたのはなぜだろうと考えました。そして、アルコールから抜け出すために絵筆を取ったユトリロは、お酒に酔って昔話をするように、絵を描くことを通して懐かしい街並みに思いを寄せていたのかもしれないなと思いました。
何度も繰り返し描いた風景は、画家にとって大切な存在だったに違いありません。

伊勢丹7階の「えき」は、別世界へ小トリップという感じでした。画家の人生が塗り込められたような街並みに囲まれて、ノスタルジックな世界をぜひ味わってみてください。


文責:keiko.h 編集:京都で遊ぼうART

モーリス・ユトリロ展は、10/17(日)まで開催されています。
残り期間も少なくなってきましたが、レポートを読んで「気になった!」という方、まだ間に合います!こちらをご参考に是非足を運んでみて下さいね。
keikoさん、素敵なレポートをどうもありがとうございました!

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関連リンク

モーリス・ユトリロ展
美術館「えき」KYOTO

flyer_kesa.jpgのサムネール画像
僧侶が身につける衣服・袈裟。日本の寺院では、空海・最澄といった平安時代の高僧や、無準師範・夢窓疎石といった高名な禅僧が着用したとされる袈裟が秘蔵されてきました。これらを一堂に会し、袈裟を通して見えてくる日本の仏教と染織の歴史を辿る、初めての試みです。

展覧会の詳細はこちら
高僧と袈裟-ころもを伝え こころを繋ぐ-

開催場所についてはこちら
京都国立博物館



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