幕末動乱!! 龍馬、新選組

2017/05/10 ~ 2017/07/09


【幕末維新ミュージアム 霊山歴史館】

幕末維新ミュージアム 霊山歴史館

【作品画像】
(1)坂本龍馬肖像画 公文菊僊画 霊山歴史館蔵
(2)土方歳三愛刀「大和守源秀國」霊山歴史館蔵
(3)新選組袖章 霊山歴史館蔵


2017年は、江戸幕府が朝廷に政権を返還した「大政奉還」が行われた慶応3年(1867)から150年の節目にあたります。
この年は、265年という長きにわたって続いた幕藩体制が崩壊し、その後の明治新政府の樹立に向けて様々な動きが起こりました。翌年には鳥羽・伏見の戦いを皮切りに戊辰戦争が勃発するなど、まさに動乱の時代でした。

しかし同じ時代にあっても、人々の思惑や考え、そして行動は立場によってさまざまでした。
将軍と天皇は、当初は公武合体策を推進し協力体制を築こうとしましたが、朝廷の望んだ攘夷を幕府は実行できず逆に開国への道を進んでいきます。また、公武合体策の中心人物であった将軍・徳川家茂の急死、孝明天皇の崩御が続き公武合体派は力を失い、代わって薩摩や長州など武力倒幕を目指す人々が台頭し、新政府の樹立を目論見るようになります。
坂本龍馬は、自身も新政府樹立を目指すものの武力倒幕では国を二分する大戦争が起き、国力低下につながると考え、武力倒幕を視野に入れつつも平和的に政権を移行する大政奉還を実現すべく邁進しました。
一方で幕府の下で戦っていた近藤勇をはじめとする新選組は、再び幕府が政権を握る道を模索し最後まで戦い続けました。
また、民衆の認識も東と西では違いがありました。当時の戊辰戦争を描いた絵を見ると、江戸では旧幕府軍を、京都や上方では新政府軍を応援する内容が多く描かれています。これは江戸は将軍のお膝元・京都は天皇の地という民衆の意識が影響しています。

今回の展覧会では、坂本龍馬の肖像画や、新選組・土方歳三の愛刀などの遺品類をはじめ、当時の様相を描いた錦絵、各種書状や日記、記録文書などを展示。幅広い資料を通じ、幕末の動乱期を生きたさまざまな立場の人々の考えや行動を探ります。


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