Exhibitions展覧会

宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌記念 「親鸞-真宗本廟の歴史-」

2011/10/11(火) 〜 2011/11/28(月)

大谷大学博物館 

2010年から3年間の予定で開催されている親鸞聖人関連展示の第二段。今回は真宗本廟(東本願寺)の歴史をご紹介します。京都の「大谷廟堂」にはじまり、山科、大坂(石山本願寺)、そして東西二つの本願寺の別立までのその流れを貴重な資料や作品の展示を通してたどります。

2011年は浄土真宗の宗祖・親鸞聖人の750回御遠忌にあたり、大谷大学博物館では、親鸞聖人をより多くの方に知っていただくため、2010年より3年間の予定で、毎年個別のテーマを設けてゆかりの宝物をご紹介する展覧会を開催しています。

今回は「親鸞-真宗本廟の歴史-」と題し、親鸞聖人の教えを絶えることなく守り続けた真宗本廟(東本願寺)の歴史について紹介します。

本廟の歴史は、文永9年(1272)に京都東山・吉水の北辺に親鸞の墓所が改葬され「大谷廟堂」が建立されたことにはじまります。その後、本願寺の第三代・覚如により元亨元年(1321)に寺院化され、「本願寺」として親鸞聖人の教えと人々が出会う根本道場と定められました。
しかし、寛正6年(1465)に比叡山の衆徒によって本願寺は破却され、第八代・蓮如は親鸞の影像(肖像画)を伴い、近江金森・堅田などに転居します。文明3年(1471)には越前吉崎に赴き、坊舎(僧侶の住まい)「吉崎御坊」を建立しました。その後蓮如は吉崎を立ち退き、河内出口に滞在し、文明10年(1478)に京都山科の地に坊舎を造営。その2年後には親鸞の影像を仮の仏殿に安置して山科本願寺となります。

ところがこの山科本願寺も、天文元年(1532)には近江の六角氏や法華一揆の攻撃で焼失してしまいます。本願寺の第十代・証如は、摂津国・大坂に転居して新たに大坂本願寺(石山本願寺)とします。しかしこれも元亀元年(1570)に織田信長に退去を迫られ、天正8年(1580)4月に第十一代・顕如が退去。顕如の長男・教如らは退去を拒み籠城しましたが、同年8月には退去しました。

天正19年(1591)、豊臣秀吉からの京都移転の命を受け入れた顕如は、京都の六条堀川に場所を移すことになりました。しかし顕如が翌年に亡くなり、後継を巡って問題が起きます。結果、秀吉は教如の隠退と、顕如の三男・准如の継職を命じます。
そして教如には徳川家康が慶長7年(1602)に京都東六条の地を寄進し東本願寺が生まれ、二つの本願寺が東西に別立することになりました。

この展覧会では、廟堂の成立を「大谷廟堂の成立」、大谷廟堂破却後の蓮如と吉崎御坊を「蓮如と吉崎御坊」、山科での本願寺再興を「山科本願寺の周辺」、そして大坂移転とその後を「大坂本願寺とその後」と、四つのテーマで構成しています。
貴重な作品や資料の数々と共に、京都を代表する寺院「東本願寺」の歴史とあゆみをご覧ください。

展覧会概要

期間 2011/10/11(火) 〜 2011/11/28(月)
会場・開催場所 大谷大学博物館
時間 10:00~17:00(金曜日は19:00まで開館)※入館は閉館30分前まで
休館日 休館日:日・月曜日(ただし、11/27(日)、28(月)は開館)
料金 一般・大学生:300円
高校生以下無料
お問い合わせ TEL:075-411-8483075-411-8483
FAX:075-411-8146
ホームページ http://www.otani.ac.jp/kyo_kikan/museum/

関連アートイベント

該当するアートイベントはございません。

関連記事

該当する記事はございません。