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これぞ暁斎!世界が認めたその画力 @美術館「えき」KYOTO

投稿:2017年6月26日

lico_gyosai (1).jpegのサムネール画像美術館「えき」KYOTOで開催されている暁斎展のギャラリートークに参加してきました。

「河鍋暁斎」は、幕末から維新の動乱期を体験し、文明開化の明治を生きた絵師です。私が「河鍋暁斎」の存在を理解したのは2008年に京都国立博物館で開催された『特別展覧会 没後120年記念 絵画の冒険者 暁斎Kyosai -近代へ架ける橋-』です。強烈なインパクトが記憶に残っています。

今回の展覧会の作品はすべて、「暁斎」に魅せられたアメリカ人、イギリス在住の画商イスラエル・ゴールドマン氏の所蔵作品です。
最初に展示されているのは《象とたぬき》ゴールドマン氏の最初の暁斎コレクションです。一度手放したもののどうしても忘れられずに買い戻したものだそうです。それ以来ゴールドマン氏は画商ではありますが、「暁斎」の作品だけは手放さないと決められたそうです。

注文されればどんな絵も熟せる、画題の多彩な「暁斎」ですが、「暁斎」を一躍有名にしたのは「鴉」でした。「暁斎」に弟子入りしたジョサイア・コンダーが英国に「暁斎」の鴉図を持ち帰るとその絵が評判になり、100枚の「鴉」を注文しました。「万国飛」と刻んだ印章は、世界に飛び立った「鴉」を表し、「師思」の印は、「鴉」が絵の師であることを仄めかし、感謝の意を込めていると言われています。鴉の画の中に捜してみてください。

lico_gyosai (2).jpeg他の動物も作品の中にたくさん登場します。「蛙」は、「暁斎」が3歳の時初めてスケッチしたお気に入りのモチーフで、擬人化した蛙は『鳥獣人物戯画』に学んだと言われています。蛙や閻魔大王が教鞭をとって教えている様子は明治の新しい学校制度を伝えています。

7歳で人気浮世絵師歌川国芳の画塾に入門した「暁斎」は、師匠のお気に入りの猫もたくさん描いています。
動物たちの描き方に注目です。9歳で入門した狩野派を習得し、狩野派の手法で伝統的画題を描き、軽やかに四条派風に、水墨画家として、浮世絵で、と画題に一番相応しい表現方法がとれたことも「暁斎」の画力、技量を表しています。

lico_gyosai (3).jpeg端午の節句が近づくと「暁斎」のもとには鍾馗さんの注文が殺到したそうです。正統派鍾馗さんからサッカーよろしく鬼を蹴り上げる鍾馗さんまで描き分ける「暁斎」です。

キャバレー王福富太郎の旧蔵の《貧乏神》軸装は当時のままだそうで、パチワークの様なツギハギの軸装にもご注目です。福富太郎さん《貧乏神》が来てからキャバレーが2軒潰れたそうです。

《幽霊図》五代目尾上菊五郎からの注文作品です。下絵とともに展示されています。幽霊の顔は亡妻の臨終時のスケッチとか、妻の死に際しても絵師魂の哀しい性を感じます。幽霊の足のごとく印章の下半分が消えかかっているのは「暁斎」が敢えてそうしたものなのかは?

lico_gyosai (4).jpeg《地獄大夫と一休》人気のあった画題で何点も描いているようです。京博で三味線を弾く骸骨の上で踊る一休さんを目にして衝撃を受けました。二つ並ぶ地獄大夫ですが、緻密に描かれた打掛の絵柄は「地獄」と「七福神」に描き分けられています。

京都ではよく目にする《百鬼夜行図》です。「暁斎」が創造した愉快な妖怪たちも登場する夏場にはタイムリーな作品です。

lico_gyosai (5).jpeg明治に入って「暁斎」は絵日記を記すようになり、「暁斎」の日々の暮らしが詳しく面白おかしく伝えられているのも見ものです。
「葛飾北斎」が毎日「獅子」を描きはじめとしたかのように、「暁斎」は「観音様」を毎日の終わりに描いたそうで「日課観音」と呼ばれ、それがたまるとお寺に収めたそうです。

国内外共に人気の絵師であった「暁斎」には、贋作も多いそうですが、朝からお酒をあおって描いていた「暁斎」、酔うほどに筆が勝手に動きというところでしょうか、酔って描いた絵は誰にも真似ができない筆運びです。

最後に展示されている《寒山拾得》明らかに左右が違います。さて、どちらが酔っぱらって描かれたのでしょうか?

大酒のみでハチャメチャな人なのかと思いきや、来日した諸外国の人も訪ねて来るほどに有名で、彼らを魅了し、しかもそれを受け入れる人でもありました。「画鬼」と呼ばれるほどにあらゆる画風を研究し、いかようにも描ける画力の持ち主でした。

59才で胃癌のために亡くなった「暁斎」ですが、描いた作品は2万とも3万とも言われています。描いた作品は、ウイットとユーモアにあふれ、「暁斎」という人物がそうであったのでしょう。
 



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