2010年6月19日より、京都府京都文化博物館にてNHK大河ドラマ「龍馬伝」の放送と連動した展覧会「2010年NHK大河ドラマ特別展 龍馬伝」が開催されます。
「京都で遊ぼうART」ではこの展覧会にちなんで、関連イベントのほか、併せて巡りたい坂本龍馬ゆかりの地、周辺の幕末関連史跡などをご紹介します。展覧会をより深く楽しめる情報が満載です!

2010年NHK大河ドラマ「龍馬伝」の放送と連動して、高知や京都などに伝わる龍馬の遺品や書簡類、幕末の騒乱を伝える歴史資料などをもとに、新しい日本のあるべき姿を求め続けた龍馬の思想の原点、その人間的な魅力にせまります。
| 会期 | 2010年6月19日(土)~7月19日(月・祝) |
|---|---|
| 会場 | 京都府京都文化博物館 特別展示室 |
入場料や開館時間などの詳細につきましては、こちらの展覧会情報ページにてもご案内しております。併せてご覧下さい。
「幕末史の奇跡」と呼ばれた風雲児・坂本龍馬33年の生涯を幕末屈指の経済人・岩崎弥太郎の視点から描いたオリジナル作品。
土佐に生まれた名もなき男が幕末の動乱のなかに飛び込み、日本中を駆け巡り世界を動かす「龍」へと成長してゆく姿を壮大なスケールで描きます。
展覧会は特設コーナーと龍馬の生涯をまとめた全4章で構成されます。また、今回は3日間限定公開の「龍馬像ガラス板写真」や京都展限定公開の展示品も有り、見どころたっぷりの内容となっています。
江戸時代後期、南国土佐に生まれた2人の巨星。坂本龍馬と、大河ドラマのもう一人の主人公でもある岩崎弥太郎。2人は幕末の激動の時代にそれぞれの道を歩み、かたや「幕末史の奇跡」、かたや「東洋の海上王」と評される大きな足跡を残しました。本コーナーでは、龍馬と弥太郎に関する資料をまとめて展示し、彼らの偉業をしのびます。

坂本龍馬使用 海獣葡萄鏡
中国・明~清時代 京都国立博物館蔵 全期間展示
龍馬が近江屋滞在中に借りて使っていた青銅鏡。

重要文化財 坂本龍馬所用 三徳
江戸時代(19世紀) 京都国立博物館蔵 展示替えあり
お洒落な龍馬の西陣織製の紙入れ。
これは鼻紙や書付、楊枝などを入れて持ち歩いた小物で、江戸時代に流行していた。

坂本龍馬佩用 刀 銘 吉行
江戸時代 京都国立博物館蔵 全期間展示
龍馬の愛刀として知られる刀。兄・権平から譲り受け、近江屋で暗殺された時も、所持していたと言われる。

重要文化財 坂本龍馬着用 紋服
江戸時代(19世紀) 京都国立博物館蔵
全期間展示
丈145㎝、裄64㎝。
当時としては大柄だった、龍馬の体格が伺える。
天保6年(1835)、坂本龍馬は土佐藩の下級武士(下士)である郷土の次男として生まれました。しかし坂本家の本家は豪商・才谷屋でしたので、郷土といえども裕福な家でした。
剣術に励んでいた龍馬は、19歳の時に江戸に出て、北辰一刀流・千葉定吉道場へ入門しました。その直後にペリーが黒船4隻で来航し、日本は攘夷か開国かで大きく揺れ動き始めます。
第1章では、黒船来航前後の土佐藩の政治状況や人間関係を明らかにするとともに、龍馬の思想の原点を探ります。

坂本龍馬等寄せ書き胴掛
江戸時代 個人蔵 全期間展示
龍馬を含む5人の若者が寄せ書きした胴掛。龍馬の幼馴染で初恋の人とも言われる、平井加尾の子孫に伝えられたもの。
黒船来航以後、龍馬はしだいに世界を意識し始めます。しかし、身分制度の厳しい土佐藩では、下級武士に活躍の場はありません。文久元年 (1861)27歳の時、龍馬は旧友である武市半平太率いる土佐勤王党に入りますが、過激な方向へ傾いていく勤王党と旧習に囚われる土佐藩に見切りを付け、翌年脱藩しました。その後、最良の師・勝海舟との出会いが龍馬を飛躍的に成長させました。
第2章では、脱藩という大きな決断に至る背景を探るとともに、人生の転機となった勝海舟との出会いを紹介します。

重要文化財 ペリー浦賀来航図(部分)
嘉永6年(1853) 滋賀・彦根城博物館 展示替えあり
最初に黒船が来航した際の状況を描いた絵巻。

重要文化財 坂本龍馬書簡(部分) 姉・乙女宛て
文久3年(1863)6月29日 京都国立博物館蔵 展示替えあり
有名な「日本を今一度せんたくいたし申候」の手紙。
龍馬は勝の弟子になった頃から、幕府の腐敗を知り、幕府に代わる新しい政治体制が必要だと感じていました。第1次幕長戦争を経てその思いは益々強くなり、ついには龍馬は自ら立ち上げた「日本初の商社」亀山社中を使い、薩長同盟を成功させます。しかしその直後に龍馬は寺田屋で襲撃を受けてしまいます。その際に負傷した手の治療のため、妻のお龍を連れて薩摩へ新婚旅行に出かけました。
第3章では、龍馬の志士としての活動を紹介するとともに、その人間的魅力にも迫ります。

坂本龍馬所用 鐔(つば)
江戸時代 京都府立総合資料館蔵(京都文化博物館管理) 全期間展示
寺田屋で襲われた際、所持していた刀の鐔。

重要文化財 坂本龍馬書簡(部分)
慶応2年(1866)12月4日 京都国立博物館蔵 展示替えあり
龍馬が妻お龍と一緒に新婚旅行へ行った折、姉・乙女に宛てた書簡。
慶応3年(1867)5月、京都で行われた徳川慶喜と四賢侯(松平春嶽、伊達宗城、山内容堂、島津久光)の会議が不調に終わり、倒幕が加速していきます。龍馬は長崎から後藤象二郎と土佐藩船「夕顔」に乗って上京します。その船の中で、近代日本の進むべき道を示した「船中八策」をまとめました。この案を元に土佐藩は大政奉還を建白、これをうけた将軍慶喜は、慶応3年(1867)10月14日ついに大政奉還を断行することになります。
しかし、その1ヶ月後、龍馬は京都の近江屋で暗殺され、33年の短い生涯を閉じました。
第4章では、新しい日本のあるべき姿を求め続けた龍馬の思考や、世界を目指して結成した海援隊の本質に迫ります。

海援隊約規
慶応3年(1867) 個人蔵 展示替えあり
自由と平等という志の高さがうかがえる海援隊の規則。

重要文化財 近江屋旧蔵 書画貼交屏風
江戸時代(18世紀) 京都国立博物館蔵 展示替えあり
近江屋2階の暗殺現場にあった屏風。
左下の猫図の付近には争った際のものと思われる血液が付着している。
参考写真:高知県立坂本龍馬記念館
幕末の慶応3年(1867)11月15日、坂本龍馬と盟友・中岡慎太郎は京都河原町にあった近江屋の2階で何者かによって殺害されました。この龍馬暗殺については、数多くの謎を残し、これまでも歴史家・作家等により推理や検証がされるなど、幕末最大のミステリーのひとつとなっています。
今回、展覧会会場ではこの近江屋の暗殺現場となった部屋を、実物大で復元します。
坂本龍馬湿板写真 慶応2年(1866)高知県立歴史民俗資料館蔵
今回、現存する唯一の龍馬像ガラス板写真のオリジナルが、3日間だけ限定公開されます!
展示期間: 2010年6月25日(金)、26日(土)、27(日)
※なお、この期間中は19:30まで開館時間が延長されます(入場は19:00まで)
「龍馬伝」展には出品されていない、幕末に関する資料も多数展示されています。
「大龍馬展」第1期 「龍馬誕生・夢」 [終了]
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「京都で遊ぼうART」ではミュージアム巡りをテーマに「幕末そぞろ旅〜坂本龍馬編〜」と題した京都の散策マップをご用意しています。幕末の中心的舞台・京都には、龍馬をはじめ、歴史を動かした人々の足跡が多く残されています。展覧会と併せて、実際に彼らの過ごした京都の町を巡ってみてはいかがでしょうか。是非ご参考に!












