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京都の若手アーティスト特集【KYOTO NEW WAVE】

エントリー詳細

学生インスタレーション作家 平松 実紗

インスタレーション/ )

March 11 Tue, 2014

 

平松さん-01.jpg

「KYOTO NEW WAVE」第31回目は今年、京都造形芸術大学を卒業した平松実紗さんにインタビュー致しました。


取材/松岡里奈、水澤知里、斉藤奈々子 写真/水澤 テキスト/斉藤、川久保美桜 編集/松岡

 

「生者の寝台」.JPG

生者の寝台 / 2012

 

どのような活動をされていますか。

もともと彫刻を専攻していて、高校生のときは美術高校で彫刻部に所属していました。絵か彫刻かで迷っていて彫刻の方が圧倒的に苦手でしたが、のちのち伝えたことを伝えるために彫刻もうまくなっていた方がいいなと思い彫刻を選びました。一、二年生は立体造形専攻でしたが、三年生から少人数制の総合造形ゼミに入りました。そこで映像や、プログラミング、キネティックアート〈※〉など色んなメディアをやらせてもらっています。ゼミに入ってからやりたいことに応じて素材やメディアを選べるようになり、また学生企画で展覧をする機会がとても増えました。

 

なぜ京都造形芸術大学に入学したのですか?

京都造形のオープンキャンパスでの鉄彫体験で、スタッフをしていた学生さん方に私の鉄彫作品を見てもらった時に「一昔前の造形やん」「かっこいい風だね」とズケズケ言われたことがおもしろかったので決め手になりました(笑) 一般入試の立体造形の試験は、他の受験生と比べてかなりボロボロのひどい作品を出してしまいました。スチレンボードを使った課題で、なぜか自分だけ机周りが欠片や粉だらけになってしまったのですが、試験官の方や教授まで一緒に片付けを手伝ってくれたのを覚えています。

 

展覧会を重ねていって自分の中で起こった変化はありますか?

高校生の頃から人が死ぬこととか、生死、生命の活動とかに関心があって、それを軸に作品をつくってきました。「人が死ぬ」と一口に言っても私は体験したことがなくて。2013年の八月に作った「週末」という作品があるのですが、人が死ぬところ、殺人現場の様なものを想定してつくりました。これは全て私の顔写真が貼られているんですよ。これを釘で打ちつけて血塗りとか水鉄砲とかで殺害して、殺害現場を見た観客・鑑賞者の方が、殺人現場に立って何を思うのか・・・そういう対話のあり方を目指してこの作品を作りました。それまでは漠然と死を形にしようと模索して、わかりやすいものであれば未熟児の赤ちゃんの彫刻や、私が布団にくるまって眠って鑑賞者が水をかける「死に水」という作品を作っていました。これは「死に水をとる」という、亡くなる間際の人の口に遺族が脱脂綿に水を含ませたものをつけてあげて生前に伝えられなかった想いや蘇りを祈るといった行為です。そういうふうに私が体験した中での死やお葬式、もし私が壁に打ちつけられたらどう思うのかなどをやっていくうちに死ぬこと自体を表現したいんじゃなくて、死んだものを見た人の心象風景みたいなものに関心があるんじゃないかと考えるようになりました。

 

「週末」.jpgのサムネール画像

週末 / 2013

 

一つの手法ではなく、様々な方法で制作しようと思っていますか?

今は空間として作品を魅せたいです。作品が設置されている空間自体から人の知覚に訴えられるものを作りたいと思っています。「沐浴」という作品は木の入れ物にスライムを満たした作品です。日本ではたいてい人が死んだあと一旦布団の上で安置され、そのあと葬儀場で会ったときには遺体としてお化粧して、着物に着替えた状態で出てくるじゃないですか。そのお布団の上で寝ているときから葬儀会場で会うまでの間にいったい何があったんだろうというような、もしかしたらこの人は寝ているだけじゃないのかなと思っても、目の前に死体として現れてしまったら本当に死んでしまったんだと実感してしまいます。その間に私はとどめを刺されたみたいな気持ちになってしまうんですよ。寝ている状態から死体になるまでの湯灌をイメージしてこの作品は作りました。木の入れ物にスライムを満たして沈めて、死ぬであろう深さにしたかったんですよね。

 

作品に登場する人は全てご自身ですか?

考えが変わる前まではそうでした。ここから発展して私がたくさん死んでしまう作品を作るようになりました。いつも死んだりする対象が私なのは、殺してしまって責任をとれる対象が私でしかないからで、世の中で私が死んでもいいって思うのは私しかいないからこの様な結果になったんですよね。ネガティブに聞こえますが作っている最中はそう考えていました。でも後がないというかこれを一生していくというか、これが伝えたいことなのか、というと何か違うなと思って・・・いっぱい考えたんですけど「死」そのものを空間にして、鑑賞者が目撃するみたいな環境ではなく「死」を見る人を私が描いて、それを鑑賞者の心象とリンクすればいいなと思うようになりました。私が死について思うことを作品で話し、それを持って鑑賞者と心と心で対話する。そんなあり方が理想です。

 

制作するうちにテーマが変化していったのですね。

今作ってるインスタレーションから、「死」そのものを観客が目撃するではなく、死を見つめる人を描くことで鑑賞者の心、知覚に訴えるという様なテーマに移り変わったんです。あとこれだけ死ぬとか言っておいてなんですけど「死ぬ」という言葉をあまり使わないようにしようと思っています。私が今作っている作品は小さいものがいくつかあるのですが、生きている記録として、一緒に過ごした人のことを忘れたくなくて、形見を作っている気持ちで毎日制作しています。

「沐浴」.jpg

沐浴 / 2013

 

いつ頃から生や死について考えるようになったのですか?

昔からちょっとおかしかったというか、よく覚えているのが幼稚園児のときで私はとても好き嫌いが多かったんです。それであるお昼ご飯のときお母さんが「ご飯やでー」と呼んだので、階段を降りて台所を見たら冷奴があって「冷奴かあ、」ってちょっとがっかりしたんですよ。私は野菜とか嫌いなものがたくさんあったんですけど、冷奴はかろうじて食べれるけど別に好きじゃない存在で、ちょっとがっかりしたんですよ。でもそう思った瞬間私は冷奴のことをそう思えるような存在ではないというか、たいそうなことを成し遂げたことがないのに、冷奴の事をそんなことを言うなんて酷いなと思ってしまいました。本気で生きている意味が無いなと思ってずっと部屋で泣いてたんですけど、お母さんが「ご飯やでー」って言って、「はい」って言って食べたということがありました。 あと小学三年生くらいの頃に誕生日に雪が降っていて、地元の大阪は全然雪が降らないのでとてもテンションが上がって、また給食で珍しく苺が出てきてとにかく嬉しくて、そして帰ったら祖母が「お風呂沸いているから入り」と言って、私のためにお寿司も作ってくれていたんです。あまりにも幸せすぎて今死んでしまうのがベストなんじゃないかって思って、シャワーポンプの様なところで頑張って首を吊って死のうとしたんですけど結果生きていて、その後は普通にお寿司を食べました。いまだに辛い事があったらその小学三年生の誕生日の日に死んでいた方がよかったんじゃないかって何回も思うんですけど、立ち直っては生き暮らしています。

 

その様な経験が、作品に注ごうとなるエネルギー
になっているとはすごいですね。

少し話は変わりますが中学生のときに男子が上履きを投げてきて、私の顔面に当たった事がありました。私の後ろのゴミ箱に投げようとしたんだろうなあと思ったんですけど、彼が上履きを取りに来て「泣いてへんのかよ」って言ったんです。私は聞き違いかなあって思ったんですけど、私の後ろにゴミ箱はなかったんです。その上ゴミ箱に上履きなんて投げる理由なんてないのに、必死にそう思い込もうとしていました。自分に起こった不幸な出来事は全て圧倒的な感受性の様なもので全部打ち消そうとしていたんです。・・・ そういうことも本当は忘れた方が幸せになれるんじゃないかって何度も思うんですけど、忘れたら作品を作れなくなると思うんです。

 

とても死にたいときに作品を作ったらどうなると思いますか?

つらかったときの作品は、「ほとり」です。どうしようもなかった、なにを作っていいか分からなかったです。これまではどれだけへたくそでも発表すれば作ってよかったな、と少しは思えていたのですが、初めて展覧会が始まってから、作らない方がよかったんじゃないかと思った作品でした。あとこれのプレゼンするのすごい恥ずかしかったんです。授業で「平松のキネティック」というテーマを与えられて作った作品だったんですけど、私の個性というか、私の作りたいものをどう観られたいかというのを意識したらなんだかナアナアになりました。会田誠さんの言葉に「駄作の中にだけ俺がいる」という言葉があってすごく共感したんですよ。キネティックアートってモーターを使ったりとか、機械仕掛けだから、想像通りにうまくいかないことがあって、電源が落ちてショートしたりとか何回も換え直したんですけど、今回は電源を換え直すだけではどうにもならないとか、どうしようも出来ない事がたくさんあって、このどうにもならなさがこれまで私が感じてきた事の本質な気がしました。このような事をプレゼンの時に言ったら、先生が「どうにもならない事があっても、それでも何かやってくれると思っていたよ」と言ってくださったのが希望となり、発展したのが「週末」という作品です。

 

キネティックアートについてお聞かせください。

これは今まで話したテーマとは全然違うんですけど、キネティックアートという今まで自分が全く触れたことのないメディアで、何を作ったらいいのか分からなくて、とりあえず思いついたものを先生に言ったら「俺は応援している」ということを言われました。ファンの上にちくわとか乗せて高速回転させて、上から醤油を垂らしたら醤油が飛び散って側面にある紙に醤油がへばりついて、それで記録していくという様なものです。 自動筆記ってあるじゃないですか。無意識の中で絵を描き、それによって人の深層心理が分かるという様なものです。それをオートマティスムというのですけど、その存在をあんまり信じていないんです。自分にはどうしても自意識が出てしまうから難しくて。じゃあ、ファンとちくわとかに頼ろうという動機で作ったんですよ。そしたら、アンテナメディアの田中さんという方が、「俺はこの落ちてくる醤油とか揺れるちくわとかそこから飛び散る飛沫とか、それを美しいという感性を持っていると思っていた。」と言われて衝撃的だったんですよね。私が揺れるちくわや飛び散る醤油に美しいと思える感性を持っていたかったんだなあ、と思って。でも田中さんは私にそう思ってほしかったのかもしれないですけど、もし飛び散る醤油を美しいなあと田中さんの感性でそう思ってくださったのなら、そう思わせた作品として成功なのかもしれない。この作品は最終的にちくわも豆腐もぐちゃぐちゃになってお皿まで吹っ飛んじゃって、床も醤油でビシャビシャになったんですよ。さっき言ったどうしようもなさ、みたいなのが自分自身を見ているようだと思い後に「自刻像」と名付けました。

 

 

「友だちの骨」.JPG

卒業制作 友だちの骨 / 2014

 

卒業制作を作るにあたって苦労したことはありますか?

この小さい細々としたドローイングが生きている記録としての小作品で、それと大きい絵に橋を描きました。橋は「死に逝く人は橋を渡る人」という慣用句があり、橋の端からがひとつの人生で、生命の誕生から死であるとか、死んだ人が死後の世界へ行く架け橋だとか色んな解釈があると思うんですけど、その解釈は人によってバラバラでいいと思うんです。生きるから死ぬとか、死んでから死後とか、どこでもない空間であって、どこでもある空間にしたかった。だから端を作らないようにしました。ちなみに橋は端(ほとり)という意味付けもあるようです。

 

平松さんにとっての京都という存在はどのようなものですか?

京都は今の友だちや先生に会えた場所です。京都に住むようになってから少しずつ散策するようになりました。銭湯が多いのとパン屋さんが多いのがうれしい。鴨川の冷たい水や、ヌートリアを見るのが好きです。川沿いで楽器を演奏する人、ランニングする人、夏には川に足を浸からせた子どもがいたり、頑張って泳ごうとしている友達もいたり、本当にいろんな人がいろんなことをする、京都のガンジス川かなって思っています。

 

最後に今後の目標をお聞かせください

作家になりたい!!

 

 



 

人の心を抉るような作品を作る平松さん。その原動力は、彼女の生きてきた上で感じた行き場のない感情からくるものなのでしょう。
普通敬遠されがちな感情を逆に制作の意欲として取り込む彼女の制作スタイルに感銘を受けました。gallery morningでの「かくにんする」展も楽しみにしています。

 


 

 

 

 

 

顔写真.JPGのサムネール画像

 
Artist Profile

平松 実紗 - Misa Hiramatsu -

 

1992年大阪府生まれ
2010年京都造形芸術大学美術工芸学科立体造形コース専攻
2012年同大学総合造形ゼミへ移籍
2012年同大学総合造形ゼミへ移籍

Tumblr

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-主な展示-
2013.3 2013.7「呼吸する視線」ARTZONE(京都)
2013.7 「MOVING ART」旧二条センター(京都)
     2013.4 「MOLTING」Gallery Taketwo(京都)
2012〜2013 学生企画「Frameworks」Vol.0001~0007に参加

2014年 京都造形芸術大学卒業展 SCAI THE BATHHOUSE賞、学科賞受賞

 

 


About

展覧会・イベント企画やフリーペーパー発行など、積極的なアーティスト支援活動を行っている京都・関西の美大生団体「SHAKE ART!」による、「京都で遊ぼうART」特別連載コーナー!京都の新たなアートの波=KYOTO NEW WAVE を生み出す、旬の若手アーティストを毎回ご紹介していきます。

Profile

SHAKE ART!

関西の美大生団体SHAKE ART!は若手アーティストや美大生をプロデュース。人や作品を出会い繋ぐきっかけづくりをしています。イベントや展覧会の企画運営やフリーペーパーを発行しています。



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