京都の若手アーティスト特集【KYOTO NEW WAVE】

エントリー詳細

学生アーティスト 宗田晃

油絵/ )

August 25 Thu, 2011

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『KYOTO NEW WAVE』 第4回目は成安造形大学に在籍し、
油絵を学んでいる学生アーティストの宗田 晃さんにインタビューしました。


取材/中山奈美、岡田匡紀、西川奈央 写真/中山奈美 テキスト/岡田匡紀、中山奈美

 

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現在どのような活動をされていますか?

ひたすら毎日自分磨きです。油画を描いて、公募展に出展を考えたり、周りにアンテナを張りながらです。先日だとアートオークションのSTORYやトーキョーワンダーウォール入選展、MATSUOMEGUMI +VOICE GALLERYさんからグループ展とアート大阪に作品を出させてもらったりしました。
今このように作品を発表できているのは、様々な繋がりを持てたからだと思います。
成安は滋賀というだけで少し孤立しているため外のつながりとかも殆どありませんでした。でも、うちの大学が主催の他大学の学生との共同グループ展が催されたとき、精華大、京都造形芸大、嵯峨美大、京都市芸大、と京都の美大生が集められたんです。そこで外の人と繋がりを持てました。成安は京都まで電車で20分だし、場所なんて本当は関係ないんです。卒展の影響はすごく大きくて、アートオークションSTORYは卒展の作品がきっかけで、共同グループ展での友達を通じ、STORY代表と知り合ったことで話が進んで出展する事になりましたし、SHAKE ARTにも卒展特集で取り上げて頂きました。以後出会う人々の中で卒展の作品を知ってくれている人は多かったです。MATSUOMEGUMI +VOICE GALLERYでの展示でも、松尾さんを筆頭に大変勉強になるお話と刺激を頂きましたし、新しい出会いもたくさんありました。勿論うちの大学の先生には一番お世話になっていて、こういった恵まれた環境のおかげで、「活動」と呼べる活動が出来ていると思います。感謝感謝です。

 

絵を描くきっかけは何ですか?

中学生の時にはまったRAVEという漫画がきっかけですね。僕が言える程ではないんですが、最初の方はあまり絵が上手じゃなかったんです。
でもすごく面白くて、「この絵でこんなおもしろいなんてすごいな。」と思って。正直、これくらいなら僕にも描けるんじゃないかなって思ったのが絵を書くきっかけでした。
当時、僕の家は少しぎくしゃくした家庭だったので、家に居るときは居場所がなくて、自分の部屋にこもっていることが多かった。そのとき自分の部屋ですることがないから、漫画を読むか、絵を描くか、しか出来なくて、中学から高校までずっと落書きみたいなものを描き続けてました。今はお互いの理解と距離を保てる良い家庭ですけどね。

 

洋画を専攻したのは何故ですか?

そもそも芸大に入ったのも単純に言えば、親への反発でした(笑)
教育熱心な親の言動に疑問がたくさんあって、このまま素直に親の言うことを聞きたくない、という想いがありました。高校も行きたくないな、という葛藤があったんです。「高校くらい良い学校に行ってくれ」という親に「絶対に勉強しない」と宣言して、程々の進学校に進学したものの、勉強はしたくないから、部活でサッカーばかりしてました。それで大学行くのか、卒業してプーになるのかを悶々と考えているときに、絵を描くのが好きだったことがあって、なんとなく美大に行こうと思いました。自分の描いた絵が、本の表紙とか漫画やゲームのキャラクターになって、それを自分の子供が見たら喜ぶだろうなって思ったんです。良いお父さんになりたくて(笑)
勿論、親と色々な問題がありましたが、芸大進学を決めたので画塾に通うようになりました。そこで、その画塾の先生にたくさん絵を見ることを勧められ、画塾の本棚で色々な本を見ているうちに、油絵っぽい感じの緻密な絵が好きなのかなと感じて油絵を専攻しようと思ったんです。
でもその当時、美術館に行ったこともなく、知ってる画家はピカソとゴッホくらいで、「キャンバスって自分で張らないといけないの」みたいなところから始めたので、洋画でも大丈夫かな、っていう心配はありましたよ。

 

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「sense」10

制作をするときの心構えや大切にしていることは何ですか?

大学に入るきっかけはちょっと馬鹿な感じでしたけど、入学したら、周りの人が美術系の高校の出身だったり、油絵の経験者が多く、それこそ「キャンバスは自分で張るもんだよ」って知ってるような人ばっかりでした。もう劣等感でいっぱいで、だから負けず嫌いな僕は「頑張ろう!」って思いました。それに入ったからには最低限、趣味で絵を描いている人よりは上手くなりたいっていう考えがありましたし。
でも、絵を描く事だけでなく、「芸術」というものを学ぶうちに、ただ単純に描くだけではダメで、自分が今何をしようとしているのか、それがどういう意味を持っているのか、「考える」ということを学びました。自覚して何かするのと自覚せずに何かするのとでは決定的に違うと思うんですよ。自分が行動することによって世の中にどういうポジティブな効果を与えられるのか。自分が起こすアクション、身を置く世界、多角的に分析をして自覚することを大切にしています。
あと、僕はピカソのゲルニカが凄く好きなんですよ。
あの絵を見たときに受ける、その時代をえぐりとったような、まるで戦争を疑似体験するかのようなインパクトが凄い。 例えば「戦争」の「せ」の字も知らない人がいたとして、ゲルニカを見たときに、戦争をしちゃいけないとまではいかずとも、「なんか酷いな、こういうのは嫌だな。」とか感じると思うんです。もし目の前でケンカが起こった時、ゲルニカを見なかった人と、見た人とでは、先の未来が全然違うと思うんですよ。見た人は無意識にでも何かを考え、その人の世界は変わっている。ケンカにどのように対処するか、逃げるにしても、止めるにしても、その人の判断は自分にとって限りなく正しいものになっていると思うんです。すごく極端な言い方ですが、それだけでもその人はゲルニカによって救われているんです。それが人の世界をプラスに変化させるってことだと思うんです。だから自分が制作する時にも、絵を見てくれたことでその人の世界を変えたいっていう意思があって。ゲルニカは凄すぎるけど、自分だったら「人の在り方を考える」という意思を作品に込めることを心がけています。

 

モチーフに人が多いのはなぜですか?

さっきも言ったように自分の作品が「人の在り方について考える」きっかけになる絵画的な装置の役割を果たして欲しくて、だから自ずと「人」に目が向いていまいた。
家族がぎくしゃくして自分の居場所が見い出せないということが、しんどくて仕方なかった…だから人と人の関係性によって成り立つ社会、人の在り方を考えることの大切さが僕の中にあったんです。その思考の入口は自分の家族関係、つまりは「人」だったんです。

 

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今の制作スタイルはいつ頃から確立しましたか?

制作に真剣に打ち込むようになったのは、大学3回生の始まりあたりでした。
それまで授業の課題をやっていても全然結果が出なくて、絵は下手なままだし、知識的なことも全然追いついてないし、だから先生の話を聞いても全然訳がわからなくて、呪文?みたいな感じで(笑)
でも怠けてたわけじゃなくて、1年生の時から実習の課題などでも一番最後まで残ってた自覚はあって、でも全然うまくいかなくて、がんばってるのになんで他の人の方が上手くできとるんだろうと思ってました。
けれど2回生と3回生の間の春休みに京都市立芸大の作品展を見に行った時、彼らの凄い制作意欲に衝撃を受けました。同じ学年の人も上の学年の人も、中には下の学年の人も「こんなにやっとるんか!」って考えると、自分が情けないと思いました。 それで「これはもっとやらんといけんわ。」と思って、その日のうちに親に連絡して「俺やるから!」って宣言しました。僕は自分を追い込むタイプなんです。それ以降、全く遊ばなくなりました。学校に毎日行って、その日描いた作品の写真を撮り、携帯の壁紙にして毎日見るようになりました。帰りの電車でその日撮った自分の絵の写真を見て、明日はここをこう描こうって考える、自分の想いと向かい合う・・・、それの繰り返し、毎日毎日自分の絵に向き合うことに対してすごく真剣になりました。そうしているうちに、今のスタイルが確立していったのかな。

 

影響を受けた作品や作家さんはいますか?

さっき言ったゲルニカやカラヴァッジオ、日本画も好きかな。速水御舟とか松井冬子、日本画に出て来る人物の幽的な感じや、精神というか、引きつけられるその感覚に美しさを感じます。仏画とかも好きです。
他には画家以外にも哲学や社会学にも影響受けていると思いますね。悶々と一人悩んでいるとき、自分だけの経験ではわからないときに、哲学の本を読んで色々な物事の考え方や、その人の思想に触れる事が出来たのは自分にとって大きいと思います。
でも、歴史の延長線上に今自分がいて、自分の問いに何か答えを出そうとする時、自分のその問いは、過去の人たちが積み重ねてきた「問い」と「答え」の蓄積の上にある以上、それを踏まえた上で今の問いを作って答えを出さないとだめですよね。だから、先程挙げた以外にも、自分の今いるこの世界を積み上げてきてくれた人たちに絶対影響を受けてると思います。
 

今後、どのように活動していきたいと思ってますか?

絵を描く人生を続けたいです。それに加えて世の中変えれたらもっと万々歳ですね。
その為には、もっと発表もしていきたいなと思います。発信しないと変わらないし、見てもらわないと変えられないから。 あとはやっぱり、自分を磨きたいです。ただ描くだけじゃだめだと思うから、考えたりして、思想的なこと、コンセプト的なことを深めて、世界のことも知って、自分の絵が世の中にどういう社会的生産性を持つのかをしっかり意識しつつ、いろいろ自分を磨いていきたいですね。凄いネガティブなんで、どんな場に出ても気後れすることなく、すごい自信を持って、自分で「最高でしょ」って言えるくらい磨きたいです。

 

最後に宗田さんにとって、「描く」とはどのような存在ですか?

いろんな偶然が重なって、「描く」ことは自分にとって大切なことになってると思います。「描く」ことによって確実に、アートっていうものの素晴らしさが自分の中で絶対的なものになってる。
人間は水がないと生きていけないから、水を手に入れようとするのと一緒で、アートが、自分が変えたい世界や、住みたい世界、生きたい世界に絶対必要なんだとしたら、たぶん、誰でも手に入れようとすると思うんです。僕が、自分の生活もしくは人生の乾きを満たそうと思ったら、アートっていう概念や雰囲気は必要なんです。自分の世界を満たすには自分の手で創り出さないと完璧には満たされない。だから描いています。
もちろん見ることによって満たされるものもあるけど、それはあくまで自分の意思ではないから、その生み出した表現者の意思の一部に魅力を感じてるだけで、それがすべてじゃないんです。誰かにやってもらうのではなく、自分を磨いて、自分が行動したことでしか満足できないことがあるんだと思います。

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一見すると剽軽で軽やかな物腰の宗田さんですが、
彼の紡がれる言葉の一つ一つに、鋭い知性と飽くなき探究心が感じられました。
物事の本質と向き合い、自分と向き合うからこそ、彼の作品は私達の目を捉えて離さないのでしょう。

 


 

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Artist Profile

宗田 晃(そうだ あきら)
2011年 成安造形大学造形美術科洋画クラス卒業 

成安造形大学 研究生

出展履歴
2010年 
・2010京展 「京都市美術館」
・アート・アンド・クリティーク2010 ―エクステンション― 
 「成安造形大学アートサイト」
2011年 
・成安造形大学 卒業制作展2011 「京都市美術館」
・ 関西合同大新歓 Chapter0 「京都Fanji」
・ Art Auction STORY vol.2 「関西日仏学館」
・ トーキョーワンダーウォール公募2011入選作品展
 「東京都現代美術館」
・ A VIEW 「松尾恵+ヴォイスギャラリー pfs/w」
 (開廊25年記念グループ展)
・ アート大阪2011 「ホテルグランヴィア大阪」
 (松尾恵+ヴォイスギャラリー pfs/w)

受賞履歴
2010年 2010京展 京展賞
2011年 成安造形大学 卒業制作展2011 優秀賞
 


About

展覧会・イベント企画やフリーペーパー発行など、積極的なアーティスト支援活動を行っている京都・関西の美大生団体「SHAKE ART!」による、「京都で遊ぼうART」特別連載コーナー!京都の新たなアートの波=KYOTO NEW WAVE を生み出す、旬の若手アーティストを毎回ご紹介していきます。

Profile

SHAKE ART!

関西の美大生団体SHAKE ART!は若手アーティストや美大生をプロデュース。人や作品を出会い繋ぐきっかけづくりをしています。イベントや展覧会の企画運営やフリーペーパーを発行しています。



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