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モーリス・ユトリロ展

2010/09/09 ~ 2010/10/17


【美術館「えき」KYOTO】

美術館「えき」KYOTO



モーリス・ユトリロ(1883~1955)は、ルノワールら著名な画家のモデルをつとめ、自身も画家として活躍したシュザンヌ・ヴァラドン (1865~1938)の私生児としてフランスのパリで生まれました。
父の顔も知らぬ彼は10代の若さで酒に溺れ、アルコール依存症の治療のために医師に勧められて絵画制作を始め、母譲りのその画才を開花。以後、50年以上にわたり故郷であるパリの風景を描き続けました。

展覧会では、絵を描き始めた初期の「モンマニーの時代」から、特に評価の高い作品が多く生まれた「白の時代」、明るい色合いが特徴の「色彩の時代」まで、年齢を経て変化していくユトリロ絵画の変還を、約90点の油彩を中心とした日本初公開作品で展覧します。

今回の出展作品には、ユトリロにとっての大切なふるさとと言える「モンマルトル」をテーマにした作品も数多く含まれます。フランスの風景をお楽しみいただきながら、日本初公開の作品群をご鑑賞ください。

※本展は東京、新潟、京都、愛知にて開催される日本巡回展です。
CHECK POINT

パリの風景を楽しみながら辿る、波乱万丈・ユトリロの生涯。

画家人生のスタートは病院


ルノワール、ドガ、ロートレックなど印象派の一流画家たちとも繋がりを持っていた、モデルで画家の母・シュザンヌ・ヴァラドン。その彼女がまだ18歳の時に生んだ子が、ユトリロでした。
自由奔放な母には省みられず、実の父の顔も知らずに育ったユトリロは、10代のうちに酒に溺れ、なんと15歳でアルコール中毒に(ユトリロの世話をしていた祖母が、彼のヒステリックを宥めようと食事に酒を混ぜていたともいいます)。そこで入院した病院で、治療の一貫として絵を描くようになります。

母譲りの画才を発揮したユトリロでしたが、母・シュザンヌは彼が売れるようになるまでは才能があるとは思ってもいなかったようで、ユトリロも母に教えを請うことはありませんでした。
モチーフも人物を好んだ母に対し、ユトリロはもっぱら風景画。互いに影響は受けなかった分、自分のはっきりとしたスタイルを確立できたのかもしれません。
ユトリロは母とは死別するまで同居していましたが、その状況は自分、母、そして母の恋人の三人暮らし。しかも母の恋人はなんとユトリロの友人(しかも年下)だったという非常に奇妙なものでした。その中でユトリロは多数の優れた作品を描き出していったのです。

「白」だけではなかった、ユトリロの描いた世界


ユトリロといえば、初期の「モンマニーの時代」「白の時代」のように色数も少なく、全体的に地味めで抑えた、どこか物悲しさを感じさせる雰囲気が一般的なイメージ。しかし年月に伴い色数は増えていき、「色彩の時代」のカラフルな作品も生まれていきます。この時代の作品を見ると、ユトリロのイメージは大きく変わるのではないでしょうか。
身近なパリの風景というモチーフは生涯変わりませんでしたが、変化していく色合いを追いつつ、彼の生涯や当時の心境に思いを馳せてみるのも面白いかもしれません。

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