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リニューアル記念特別展 「徳川幕府と新選組」

2011/04/05 ~ 2011/07/03


【幕末維新ミュージアム 霊山歴史館】

幕末維新ミュージアム 霊山歴史館

3D(立体)の映像を導入するなど、3月にリニューアルで館内を一新した、霊山歴史館。そのリニューアル記念特別展第二弾です。

幕末、ペリー来航などの外交問題で揺れ動いた幕政。
徳川幕府は苦渋の選択で開国や通商を決断するも、それに反発する人々により尊王攘夷運動が盛り上がり、内政も混乱を極めました。
窮地に立たされた幕府は朝廷の権威をかりようと「公武合体策」を画策します。
そこで14代将軍・徳川家茂は、攘夷祈願のために、230年ぶりに京都へと上洛を余儀なくされます。

その頃、京都では尊王攘夷派の志士が天誅事件を繰り返し、治安が悪化していました。
幕府は治安対策と警備強化を目的に、江戸で志願者を募り、「浪士組」を結成して京都へ送り込みます。集まった者の多くは武士になることを夢見る若者たち。彼らがその後の「新選組」となりました。

新選組は徳川幕府への忠誠を誓い、「誠」を旗印に掲げ、京都の治安維持や将軍警護に粉骨砕身しました。さらに「池田屋事件」や「禁門の変」で功績をあげ、ついに慶応三年(1867)には念願だった幕臣に取り立てられるという大出世を果たしました。
しかし、その数ヶ月後には、将軍・徳川慶喜が大政奉還を行い、幕府は崩壊。武士の時代は終焉(しゅうえん)を迎えてしまうのです。

慶応四年(1868)の正月に勃発した鳥羽伏見の戦いでは、新選組は最前線で戦い、敗走しながらも甲州勝沼で再び新政府軍と激突します。その後、流山で投降した局長・近藤勇は捕えられ、京都の三条河原にて斬首されました。
それでも盟友で副長の土方歳三は、北関東や会津、そして箱館...と各地を転戦しながら劣勢の旧幕府軍を支え続けました。土方は最後まで武士道を貫き馬上で戦死しました。

この特別展では、崩れゆく幕府を誠の精神で支え続けた新選組の軌跡を東京町田・小島資料館の協力を得て開催。館内では池田屋事件の再現映像を立体画面(3D)で上映致します。

※第一期展と第二期展では展示を一部入れ替えます。

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