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2009年度冬季企画展 京都を学ぶ 「The Collection of 禿庵 TOKUAN -大谷瑩誠と京都の東洋学-」

2009/12/15 ~ 2010/02/13


【大谷大学博物館】

大谷大学博物館


大谷大学の博物館・図書館には、諸先輩方や関係者からの寄贈によるコレクションが数多く収蔵されています。その中でも、第13代学長・大谷瑩誠(えいじょう)の蒐集したコレクションは、魅力溢れる品々に彩られています。展覧会のタイトルともなっている「禿庵(とくあん)」とは、大谷瑩誠の号です。


瑩誠は、明治11年(1878)に東本願寺の第22代門首・現如上人(大谷光瑩)の第5子として生まれ、東本願寺の宗務の要職を歴任した人物です。
また、ヨーロッパの宗教事情視察のために渡欧し、フランス国立図書館では中国の有名な仏教遺跡である敦煌で発見された文献の研究に専念しました。
昭和19年(1944)には、大谷大学の学長に就任。時代は第二次大戦の戦中・戦後の混乱期にありましたが、その間大学の経営に尽力し、昭和23年(1948)4月28日、親鸞聖人の命日に学長在任のまま逝去しました。



彼の愛蔵品の多くは大谷大学に寄贈され、その号にちなんで「禿庵文庫」と名づけられ今日に至っています。重要文化財を含むその厖大(ぼうだい)な収蔵品の中には、中国の古印や封泥、硯、拓本などの特に中国に関わる文物が多数含まれています。

明治末から大正初にかけては、中国の学問が京都において非常に盛んに研究された時代でした。その中心となったのは、京都大学の内藤虎次郎(湖南)や狩野直喜(君山)らで、彼らは辛亥革命の動乱を避けて京都へ移住した中国学者の羅振玉・王国維らとともに新しい東洋学を提唱しました。瑩誠は、そのような雰囲気の中、内藤や狩野に学んで互いに交流し、東洋の学問に造詣を深めるとともに、生涯を通じて多くの中国文物の蒐集に努めたのでした。

大谷大学博物館の冬季企画展では、例年「京都を学ぶ」をテーマに展示を行っています。今年度は、この大谷瑩誠のコレクションとその人となりに関わる品々を通じて、「禿庵文庫」の魅力を紹介します。


CHECK POINT

学問の街・京都の一面を垣間見る、中国文物コレクション。

ヨーロッパでは「シノロジー」と呼ばれた中国学。


元々日本では中国に関する研究は漢学者が中心となって行われていましたが、明治維新後は教育制度も西洋化するのに伴い、ヨーロッパの研究方法が導入され、新世代の学者たちを中心に、新しい学風が生まれてきました。
中国学に関しては、京都大学の狩野直喜や内藤湖南がいました。
東京ではまだ明治期は漢学の方が影響力を持っていましたが、京都では狩野や内藤らにより、京大に東洋史・中国哲学・中国文学の講座が早いうちに設置されるなど、近代的な中国学研究が制度化し、多くの研究者も集まり、京都に一大学派を生み出すほどになったのでした。
大谷瑩誠(えいじょう)も狩野や内藤に師事し、そのような時代に活躍した一人でした。

展覧会では、秦や漢の時代に作られた古い印の数々をはじめ、唐の時代に彫られた石碑から写し取られた拓本、美しい装飾の施された清時代の硯などの中国の文物コレクションが展示されます。
また、大谷瑩誠と関わりのある人々の交わした書簡類なども併せて展示されます。
学問の街として、ひとつの学派をつくりだすほどだった当時の京都の熱気が感じられる展覧会です。


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