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2015年通年特別展 松陰をめぐる人びと 第3期「池田屋事件と禁門の変」

2015/05/19 ~ 2015/09/06


【幕末維新ミュージアム 霊山歴史館】

幕末維新ミュージアム 霊山歴史館

霊山歴史館では、2015年NHK大河ドラマ「花燃ゆ」にあわせ、2015年通年特別展「松陰をめぐる人びと」を開催します。
主人公・文(ふみ)の兄である吉田松陰をはじめ、文の最初の夫となる久坂玄瑞、そして松陰の弟子の一人で奇兵隊を結成した高杉晋作など、長州藩に関する資 料を中心に展示。また、薩長同盟締結で活躍した坂本龍馬や、長州藩と対立した新選組の資料などで、幕末の長州藩を多角的に紹介します。

第3期は、元治元年(1864)、京都で相次いで起こった池田屋事件と禁門の変(蛤御門の変)を取り上げます。

安政の大獄により江戸に送られた吉田松陰は、安政6年(1859)10月27日に斬刑となり、30歳の若さでその生涯を終えました。しかしその遺志は彼の教え子である松下村塾の塾生たちに引き継がれることになります。
塾生の中でも俊英の呼び声が高かった久坂玄瑞(くさかげんずい)は、長州藩の藩論を公武合体から尊皇攘夷へと変えるために尽力し、英国公使館の焼き討ちや下関で外国艦船に砲撃を加える(下関戦争)など具体的な行動に出ます。さらには時の孝明天皇を上賀茂・下鴨神社や石清水八幡宮へ行幸させ攘夷祈願を行いました。しかしこの反動により、文久3年(1863)に八月十八日の政変が起こり、長州勢は朝廷や京都を締め出されることになりました。久坂は政変の後も京都詰の政務座役として奔走し、失地回復を図ります。

翌年・元治元年(1864)6月5日、三条小橋の旅籠・池田屋で長州などの志士たちが密議を行っているところに新選組が斬り込みました。これが世に言う「池田屋事件」です。
事件の少し前、志士たちの協力者であった古高俊太郎が新選組に捕らえられており、志士たちは彼の奪還計画などを話し合っていました。一方の新選組は古高の自白により志士たちが京都御所を襲撃し孝明天皇を連れ出そうと計画していることを知り、志士たちの行方を追っていました。そこに池田屋での密会情報がもたらされ、近藤勇ら数名が突入したのでした。
この事件により、松陰と親しくしていた肥後の宮部鼎蔵(みやべていぞう)や、池田屋の同志たちを救おうとした松陰の門下生だった吉田稔麿(よしだとしまろ)ら、多くの志士や長州藩士が命を落とすことになりました。
同じく門下生の一人・桂小五郎も池田屋へと向かっていましたが、到着時刻が早すぎたため別の場所で時間を潰していたところ事件が起こり、彼は難を逃れています。

この事件もあり、長州藩は挙兵し上京、御所前の蛤御門付近にて会津藩・桑名藩など幕府側の兵と衝突、「禁門の変」が勃発します。しかし薩摩藩の援軍が幕府方に駆けつけるなどしたため長州藩は惨敗し、戦闘に加わっていた久坂は自刃し果てることになりました。

今回の展覧会では吉田松陰や長州藩の資料に加えて、新選組の新見錦の新発見資料(京都府立総合資料館蔵)をはじめ新選組関連の資料を多数展示。その想いと行動に迫ります。
この機会にぜひご高覧ください。


CHECK POINT

【関連イベント】維新土曜トーク「幕末刀剣裏話」

刀剣は、安土桃山時代から戦国時代にかけて多くの銘品が作られました。
その後、戦乱のない江戸時代には美術品としての要素が高くなりました。
しかし、幕末動乱の時代になり、その形は豪壮で実用的な姿となり、刀剣が戦いの道具として再び注目されるようになりました。

今回は、刀剣研究家・林泰行先生を講師に迎え、新選組・近藤勇が愛用した”虎徹”は本物か、など幕末の刀剣にまつわる裏話をお聞きします。

※当日は林先生による刀剣鑑定を行います。ご希望の方はご持参ください。
 (お一人様2振りまで。「鉄砲刀剣登録証」があるものに限る)

日時:2015年6月6日(土)13:30~
講師:林泰行氏(刀剣研究家)
過剰:霊山歴史館 講堂
料金:一般500円、友の会会員無料
定員:160名(要予約)
※お申込は電話・FAX・メールにて、
 行事名・お名前・連絡先・会員番号(友の会会員の場合)を添えて霊山歴史館までご連絡ください。

自分のブログ・サイトで紹介する時は、貼り付け用ソースをお使いください。



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