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小企画展 瀬戸内海をゆく油売り

2010/03/24 ~ 2010/04/18


【大山崎町歴史資料館】

大山崎町歴史資料館

宇治川・木津川・淀川の合流地点付近の港として、古くから京都へ通じる玄関口として重要な場所とされてきた大山崎。
鎌倉・室町時代、大山崎では油売りたちが活躍していました。

彼らは瀬戸内海沿岸の各国から油の原料となる荏胡麻(えごま)を集め、それを搾って油を採り、それを京都だけでなく日本各地へと運んでいきました。

中世の頃、油は特に寺社で用いる灯篭などに明りを灯す燃料(灯明油)として用いられていました。大山崎の油売りたちは、京都に寺社が多かったことで利益を伸ばし、朝廷や幕府の庇護も受けた彼らは関所の通行料の免除などの特権を得るようになり勢力を拡大していきます。
しかし、当然それに伴い、他の地方の人々との争いも生まれていくことになりました。

そんな、大山崎の油売りと瀬戸内海沿岸の人々との交流と抗争を、当時の記録である重要文化財『離宮八幡宮文書』から考えるミニ企画展です。


※荏胡麻(えごま):正確には胡麻ではなくシソ科の植物。食用としては古くから用いられており、菜種油が中世末期に登場するまでは日本で植物油といえば荏胡麻油のことを指した。最近では健康に良い食べ物として再び注目を集め、一般には「シソ油」として販売されている。


CHECK POINT

「離宮八幡宮文書」とは?

今回の展示の目玉になっている『離宮八幡宮文書』。
その名の通り離宮八幡宮という神社に納められている文書類のことです。

これを所蔵している離宮八幡宮とは、大山崎に現在もある歴史ある神社。
かつて嵯峨天皇が離宮としていた場所(河陽離宮/かやりきゅう)の跡でもあったことから、この名前がついています。
また、この神社の神官が新しい長木(ちょうぎ)による搾油器を発明したといわれ、大山崎の油売りたちも多くはこの神社の神人たちで、ここを拠点に活動していました。

大山崎で造られた油は京都の寺社、官舎、一般の人々の灯油にも用いられるようになり、宮中にも献上されました。
大山崎の油売りたちは朝廷から「油司」の称号を得たり、幕府から自治権(守護不入権)を得たり、関所での税の免除や自由な通行を許されたりと特権階級化していきます。
しかし同時に諸国でも油造りが盛んに行われるようになったことから、有利に諸国で商売をする大山崎の油売りたちと地元の人々との諍いが起こるようになったのでした。
『離宮八幡宮文書』には、その当時の争いの様子を物語る記録が残されています。

有名武将などの視点で語られることも多い日本の歴史ですが、庶民の目線から見た地域の歴史というのもまた違った面白さがあります。一度、触れてみては如何でしょうか?

自分のブログ・サイトで紹介する時は、貼り付け用ソースをお使いください。



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