三里塚教会 内観(撮影:古川泰造)
吉村順三(1908~1997)は、日本の木造文化のエッセンスを現代に活かしながら、 木造住宅を中心とする設計活動を通して、居心地の良い、簡素で温かな生活空間をつくり続けた建築家です。
この展覧会では、1954年に竣工し、吉村にとって唯一の教会建築である「三里塚教会」(千葉県成田市)といくつかの木造住宅を通して、その建築世界の魅力に迫ります。
東京本所の呉服商の家に生まれた吉村は、江戸情緒が色濃く残る下町に育ちます。しかし、1923年の関東大震災で自宅は焼失し、彼が生まれ育った東京の街の姿も激変してしまいます。
震災によって失われた街並みへの思い、そして世界的な名建築家フランク・ロイド・ライトが手がけた帝国ホテル(1923)に感動した経験が、吉村の建築家を志すきっかけになりました。
同じころ、吉村は雑誌を通して住宅作家の山本拙郎(1890~1944)と出会い、そのロマンチックな作風にも強い影響を受けました。 また、日本各地の民家をスケッチしたり、遠く朝鮮や中国を旅行して、日常風景を形づくる何気ない建築にも魅せられていきます。
こうして、建築家を目指し吉村は東京美術学校に入学します。そこでもう一人の師となるアントニン・レーモンド(1888~1976年)と出会った吉村は、学生の身分で事務所へ通い、卒業後は、スタッフとして学び始めるのです。吉村はレーモンドから、日本の伝統的な木造建築に学ぶことの大切さを教えられました。
1938年に日米関係の悪化からレーモンドはアメリカに帰国します。しかし吉村は、レーモンドの要請を受けて、1940年単身アメリカに渡り、フィラデルフィア郊外のニューホープのアトリエで働きます。
そして、1941年に最後の帰国船で日本へと戻った吉村は、戦時下で自身の設計活動をスタートさせます。 その後、母校に講師として迎えられ、戦後は木造住宅を中心に精力的な建築家としての活動を続けました。
こうした中で竣工したのが「三里塚教会」でした。そこには、吉村が長い時間をかけて見つめてきたものが注ぎ込まれています。
今回の展覧会は、東京展(ギャラリーエークワッド)の成果を受けて、さらに、吉村が描いたスケッチや撮影したアメリカ時代の写真、実測図や書簡などの資料、模型などを追加し、 吉村順三がつくり上げようとした生活空間の姿を紹介します。
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