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開館30周年記念 村上華岳 展

2012/04/28 ~ 2012/06/10


【何必館・京都現代美術館】

何必館・京都現代美術館


「何ぞ 必ずしも 」 と常に定説を疑い、自由な精神を持ち続けたいという願いから設立した何必館 ・
京都現代美術館は今年で開館30年を迎えます。

何必館を支えてきた理念は、既成の絵画の枠組みを越えて常に自由な魂を持ち続けていた日本画家、村上華岳(むらかみ・かがく)の精神に通じています。

村上華岳は、近代日本美術を代表する日本画家です。不思議な美を蔵する華岳の描線は、独自の感情と、無限の精神力があります。
「制作は密室の祈りなり」といった華岳の作品には、芸術の深淵を垣間見た恐ろしさと厳しさが感じられます。晩年、華岳は喘息の苦しみの中でも筆を執り、穏やかで甘美な仏画を描く一方、激しく線が交差する混沌とした作品も残しました。



何必館の設立のきっかけとなった村上華岳の作品「太子樹下禅那」は、菩提樹の下で座禅修行をする若き日の悉多太子(しったたいし/後の仏陀)を描いたもので、華岳が描いた数多くの仏画の中でも最も高貴な作品です。その静かな姿は、生きるための重大な問題を問いかけてくれます。

この展覧会では、村上華岳の絵画や書などの作品の中から厳選された、晩年の作品約40点を展覧します。
華岳の作品と出会う最上の空間として設計された何必館において、珠玉の作品の数々をご高覧ください。


CHECK POINT

村上華岳 プロフィール

明治21年(1888)大阪生まれ。幼いうちに神戸の叔母の嫁ぎ先・村上家に預けられ、後に養子となって家を継いだ。
明治36年(1903)に京都市立美術工芸学校へ入学し4年間学ぶ。その後明治42年(1909)に京都市立絵画専門学校(現在の京都市立芸術大学)へ進学し、日本画を学んだ。
大正5年(1916)に初の仏画「阿弥陀之図」第10回文展で特選を受賞。翌年、京都・衣笠に転居し仏画のほか、静物・風景画を多く描くようになる。
大正7年(1918)には、学生時代の同窓生だった土田麦僊、小野竹喬らと共に「西洋美術と東洋美術の融合による新たな絵画の創造」をめざし国画創作協会(国展)を結成した。
しかし後に仲間はヨーロッパへと渡る中、華岳は持病の喘息が悪化したため見合わせ、大正12年(1923)に京都を去り、神戸の芦屋に転居。その4年後に旧居の神戸花隈へ戻った。
このころになると華岳は画壇から遠ざかり、多数の作品を制作するものの公表が少なくなる。
その後は華岳作品の愛好者や友人たちによって作品展が開催された。
昭和13年(1938)、喘息で苦しむ中で「太子樹下禅那」を描きあげるが、翌年11月に帰らぬ人となった。享年52歳。

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