1. 京都で遊ぼうART
  2. 施設から探す >
  3. 美術館・博物館から探す
  4. 明治日本の発展を担った近代数寄者 伊集院兼常の邸宅 「廣誠院」昼の特別公開と夜間ライトアップ「維新の光」

明治日本の発展を担った近代数寄者 伊集院兼常の邸宅 「廣誠院」昼の特別公開と夜間ライトアップ「維新の光」

2013/03/30 ~ 2013/04/14


二条木屋町、ホテルオークラの裏に建つ「廣誠院」は、明治の建設業の発展を担った旧薩摩藩士・伊集院兼常が明治25年(1892)幕末は長州藩邸があった土地に建築した邸宅です。その後建物は廣瀬家の手に渡り、臨済宗の寺院として今日までひっそりと守り受け継がれてきました。
京都市の指定文化財である建物と指定名称である庭園には、近代を代表する数寄者として建築・造園に類まれな手腕を振るった兼常の工夫が随所に見られます。
通常は非公開とされている廣誠院が、この春、特別に公開されます。西洋化が進む明治という時代の中、洗練された日本の数寄を結集した伊集院兼常の世界をこの機会にご覧ください。

夜間には「維新の光」と題し、東映(株)京都撮影所による特別ライトアップが行われます。昼と夜で表情の異なる姿をお楽しみ頂けます。


伊集院兼常(1836~1909)

旧薩摩藩士。維新後は官僚・実業家として活躍。早くから建築・造園に才能を発揮し、薩摩藩士時代は藩主・島津斉彬に見出され、江戸薩摩藩邸の建築や西洋建築に取り組んだ。明治維新の後は鹿鳴館の建築を担当し、渋沢栄一と日本土木会社(現在の大成建設の前身)を設立する等、日本建設業の発展を担った。
また、増田鈍翁を始めとした多くの数寄者と交流し、裏千家を支援するなど、茶を嗜む文化人・近代数寄者でもあった。趣向をこらした彼の造園技術から、近世の小堀遠州とも評価される。


会場・アクセス

臨済宗保水山 廣誠院(こうせいいん)
京都市中京区河原町通二条下ル東入ル一之舟入町538-1
http://kouseiin.org/
【地下鉄】東西線「京都市役所前」駅下車、徒歩1分
【市バス】3,4,10,15,17,32,37,51,59,205号系統、または100円循環バスにて「京都市役所前」下車、徒歩4分


詳細・お問い合わせ

特定非営利活動法人 京都文化協会
TEL:075-354-8195
http://www.kyo-bunka.or.jp/

CHECK POINT

見どころピックアップ

明治の技術を駆使した数寄屋造り


北山杉の絞り丸太を使用した床柱、春慶塗のかまち、趣のある火灯窓など随所に数寄屋造りの工夫が凝らされています。また、親交の深かった元老・山縣有朋から送られた菊桐紋をすかした欄間、大久保利通の書なども見ることができ、邸宅には幕末・明治を駆け抜けた伊集院兼常の世界が広がります。

近世の小堀遠州と評された伊集院の庭園


高瀬川から引き込まれた水流は、広間や茶室をくぐりながら庭園を南北に縦断し、再び高瀬川に戻ります。中心には花崗岩でできた橋のかかる涼やかな庭園は、木屋町の雑踏から隔絶された空間が作り出されています。


建物と庭園が調和する近代造園の先駆


池中の礎石から立つ一本の丸太が3mに及ぶ深いひさしを軽やかに支え、大きく開けた軒下が書院からの眺めを演出します。
建物と庭園の調和する廣誠院は、南禅寺近郊に見られる近代庭園や近代を代表する作庭家・七代目小川治兵衛(植治)へと繋がっていく京都近代造園の先駆となるものです。

障子に映る水面


午前中のある時間帯になると、太陽光が庭園の池の表面に反射し、水紋が書院の障子に映し出されます。
その目を見張る光景は「明治のスクリーン」と評されます。自然の全てを計算し、空間を作り上げた数寄者伊集院兼常の才覚の極みです。
(期間中10:30~11:30頃)

初の夜間ライトアップ「維新の光」

夜間(18:30~)には、東映(株)京都撮影所によるライトアップが行われます。
明治日本の数寄の結晶として建てられた廣誠院は、かつては幕末動乱の中心地・長州藩邸があった場所でした。
近代日本の発展を担った伊集院兼常とともに、維新の輝きを見続けた場所ということで、「維新の光」というコンセプトで照らします。

自分のブログ・サイトで紹介する時は、貼り付け用ソースをお使いください。



  • 京都で遊ぼう総合TOP
  • 京都で遊ぼうART
  • 京都で遊ぼうMUSIC
  • 京都で遊ぼうSTAY
  • 京都の銭湯
  • 京遊本舗