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2011年秋の展覧会「幕末維新の軌跡 ~第2弾~」

2011/08/30 ~ 2011/10/23


【幕末維新ミュージアム 霊山歴史館】

幕末維新ミュージアム 霊山歴史館

今年2011年は東日本大震災により多くの人命を奪われ、残された人々の心に大きな傷痕を残し、また日本経済も大きなダメージを受けました。

幕末の安政年間にも、三つの大地震が
日本を襲っています。
嘉永六年(1853)、徳川幕府は黒船来航などで国難を受けたことを理由に元号を嘉永から、「安政」に改元しました。これには、政治が安泰であるようにとの願いが込められていました。

しかし安政年間には東海大地震、南海大地震、江戸大地震と三つの大地震が起こりました。全国的に大打撃を受けたが、それでも幕府は一早く「お助け小屋」と呼ばれる仮設小屋を建てて炊き出しを行い、物価の統制に着手します。また、そんな大変な最中でも、幕府は酒をふんだんに確保したといいます。労を癒すには酒が必要であり、仕事後には楽しみが欠かせないからでした。

また、大地震の時、土佐の中岡慎太郎は、村々を巡検して被害の実態を把握し、村役人に救済を願い出ました。そして被災民を救済したという話が残っています。また慎太郎は、山の斜面などに柚子の木を植樹しましたが、これは今では高知県北川村の特産物になっています。

大地震などによる世情不安や将軍跡継ぎ問題で幕末の幕政は揺れに揺れました。
その中で大老となった井伊直弼は安政の大獄を断行し、尊攘派志士や政敵である一橋派を弾圧しました。しかし強権政治は長くは続かず、桜田門外の変で井伊大老は暗殺されてしまいます。
一方この頃、勝海舟らが咸臨丸で太平洋の横断に成功し、アメリカに渡っています。

その後、幕府は和宮降嫁による公武合体を推進し、朝廷の権威に頼ろうとします。その際、孝明天皇の攘夷祈願に随行するため、当時の将軍・徳川家茂が将軍としては229年ぶりに京都へ上洛することになりました。
この時、治安維持のために京都へ送り込まれた幕府浪士組の一部が京都に残留し、結成したのが壬生浪士組、のちの新選組です。

政治の中心地が京都に移ると激動の幕末期は一気に加速し、池田屋事件、禁門の変、薩長同盟、大政奉還、王政復古、鳥羽伏見の戦いと、黒船来航からの 15年間で日本は大きく変わっていきました。

「人間のドラマ、それが歴史です」とNHK「そのとき歴史は動いた」で松平知之キャスターが言ったように、幕末維新期には、歴史の裏でさまざまな人間ドラマが
繰り広げられたのです。

幕末から明治への激動の時代を数々の貴重な資料を通してたどる企画展、第二段です。


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