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浅川伯教・巧が愛した朝鮮美術

2010/06/12 ~ 2010/08/15


【高麗美術館】

高麗美術館



山梨に生まれた浅川伯教(のりたか・1884~1964)と巧(たくみ・1891~1931)は1910年代、朝鮮の京城(漢城。現在の韓国首都・ソウル)に居を構えました。
兄弟は陶磁器をはじめ、木工家具など朝鮮の人々が日常で使用している生活品に強く惹かれ、そこに誰も知らなかった美を見出します。

兄の伯教は全国の窯跡をくまなく訪ね歩き、朝鮮陶磁史を体系化。後に「朝鮮古陶磁の神様」と称されました。また弟の巧は、農林研究の傍らで柳宗悦(1889~1961)の提唱のもと「朝鮮民族美術館」(1924年、景福宮緝敬堂)の設立に尽力しました。『朝鮮の膳』や『朝鮮陶磁名考』等の名著を残し、その優しく思いやりのある人柄はいまも愛され続けています。





今年、2010年は日韓併合から100年目の節目の年を迎えます。当時植民地であった朝鮮に暮らし、人と風土を愛し、工芸の真髄に触れた浅川兄弟の足跡は、現代を生きる私たちに多くを語りかけています。
展覧会では、浅川兄弟が好んだ朝鮮の陶磁器作品や木工家具のほか、自筆の日記や絵画資料、そして交流をもった柳宗悦、富本憲吉などのゆかりの品々を写真、書籍とともに展示。彼らの純朴な視線と朝鮮工芸の魅力を紹介します。

(会期中、一部展示替えがございます)

CHECK POINT

柳宗悦と浅川兄弟―交流から生まれたもの

浅川兄弟と、民藝運動の中心人物・柳宗悦。
彼らは互いによき友人、理解者として深い交流を持っていました。

浅川兄弟の兄・伯教は柳宗悦らが発行した雑誌『白樺』の愛読者で、『白樺』に紹介されたロダンの彫刻に憧れて自身でも彫刻や絵画を数多く製作していました。
1913年、朝鮮で暮らし始めた伯教は、柳がロダンの作品を預かっていると知り、千葉の我孫子(あびこ)まで柳を訪ねました。
その際に、土産として贈ったのが、李朝の染付けの壺でした。柳は朝鮮ではごく普通の生活用品だったその壺に感激し、初対面だったはずの二人は意気投合。朝鮮美術に関心を一気に強めていくことになります。
一方、弟の巧も兄を追って秋田の職場をやめ、朝鮮暮らしを始めます。柳と出会ったのは兄の一年の後、翌年の暮れのことでした。
巧も柳とは親しくなり、共に「朝鮮民族美術館」の設立を行うなど、無二の友として柳の活動を支えていきます。後に柳は「彼がいなかったら朝鮮に対する私の仕事はその半分も成しえなかったであろう」と述べています。

日用のものに美を見出す民藝運動の思想には朝鮮の美術・工芸の影響があることはよく知られていますが、まさに浅川兄弟との出会いが、民藝運動の大きな原点となったのです。

展覧会では、この壺「青花草花文面取壺」(日本民藝館)が7/10より展示されます。
浅川兄弟、そして柳宗悦その「用の美」のはじまりを展示品から感じとってみては如何でしょうか。

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